パントルセレブルの館 » 雑感 »

私さがし

以前にも同タイトルのエントリを前身ブログで書いたが今回は全く関係ないことを書きます
長期に及ぶ洗脳生活は筆者のあらゆるものを破壊し尽くした
当時の記憶があやふやで記事を起こすのにも支障するほどである
よって、現在は筆者本来の姿を取り戻すのに必死で他のことを考える余裕もないのが本当のところなのである
取り戻す、というよりも「私さがし」をするといったほうが当てはまるのではないかと存ずる
撮り鉄を休んでいるのも、実はこのことに起因するところが大きいものである
本当は何が好きだったのか?
自分の好みはこんなものだったのか?
洗脳生活は価値観さえも破壊してしまった
自分の価値観に執着するのも良くはないが
価値観が全く無いというのもそれはそれで辛いことである
洗脳生活の中で見つけたものは、多分本来の私には合わないものだろう
ただ、大震災以後のイデオロギー探しで見つけたもの
反消費主義と脱肉食―
この二つはそのまま大切にしていこうと存ずる
2004年以降解放聖戦終結までに入ってきたものは、極力排除するようにしている
正直言うと、あんなものがどういった経緯で入ってきたのかさえも解らない
しかして、それが洗脳の洗脳たる所以なのだろう
その意味では、仮に付き合ったとしても相手をがっかりさせるだけに終わった可能性もあるともいえる
そんなものに執着させられていたのである
好みのタイプも何も長い洗脳生活でわからなくなってしまったというのが本当のところで
絶対に受け入れられないタイプならあるが
タイプの問題だけでは語れないのが恋愛ではあるがタイプを抜きにしても語れない
何がいいのか自分で解らない今の状態では…
それが解らないまま目先のものに飛びついても、それは悲惨な結末を招くだけだろう
一方で、鉄道趣味は洗脳とは無関係であることは確かである
このため、それを捨てる理由は無いものと判断している
それがいい事なのか、悪いことなのかは正直言って解らないが
音楽については、その大半がメディアの煽動に関係していることもあり、一部を残して粛清した
残っているのは、2003年以前のごく一部のみでありムーブメントとは何の関係もないものに限られる
法統相続を前に、少し充電期間をいただくことにする事になるかと思う
言うまでもなく、「私さがし」のための充電期間である
日常生活は普通どおりに続けてゆく中での充電期間ということである
撮り鉄の再開には今しばらく時間をいただきたいと存ずる
あの頃の私はすり替えられた価値観だとか夢憧れに席巻されすっかり別人に成り果てていた
傍から見れば、変人か気違いかに見られても仕方なかったのだろう
洗脳の日々は折角の出会いも全て灰燼に帰してしまった

この記事は、宗教に洗脳されていた頃に書かれたものであり、現在の思想・見解・方針とは異なる内容が含まれています。再掲に当たり、一部を修正させていただきました。

カテゴリー:雑感
この記事のURL:http://peintre-celebre.com/weblog/blog-entry-110.html