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粛清から3年 1

筆者が石之坊から事実上粛清されたのは3年前の4.10である
あれからのこの3年間というのは筆者の人生史上最も厳しい闘いを強いられてきた3年間である
石之坊サイドは筆者の移籍理由を不当にすり替え完全に門外漢女に賛同したのである
このことについては事あるごとに書いて決して風化させないようにしなければならない
筆者は決してこの不正な「移籍」には同意してはいない
だから「脱退」したのである
移籍ではない、あくまで脱退なのである
この粛清の事跡は筆者にとって一つの時代の終焉に他ならない
石の湯事件にしろ筆者に対する追い落としにしろそのところどころに某カルト団体の影が見え隠れしている
そして、石之坊の門外漢女とSG現場の千ラシ裏女をつないでいたのもこのカルト集団に他ならない
なぜ顕正会脱会者を?と思われるかも知れぬが、顕正会脱会者だからこそ利用したのだ
いずれにしても、検証すれば検証するほど門外漢の意向と千ラシ裏女の行動が連動していることがはっきりしている
だから今後の動向には関係なく千ラシ裏女を永代追放としたのである
カルト団体に筆者の情報を提供したのが門外漢女である
このことは他ならぬ門外漢女の取った行動が証明している
だから門外漢女は筆者を亡き者にせんと躍起になっているのだ
追及されれば反論不可能だからである
門外漢女の罪業がいかほどのものであるか事例を引いて示そう
偽造写真事件において自分の撮った写真を学会に提供して違法行為を推進した椎名法照という脱落層がいた
この椎名法照は平成15年に50歳という若さで死亡している
カルトに情報を提供するというのはこれに等しい大重罪に当たる
その様な徒輩に与同する者も同様である
従って、門外漢集団も千ラシ裏SG集団も大重罪人の集まりであると言える
仏法の厳然たる因果を侮る者は当然に破滅の結末を見ることになるのだ
門外漢女の完全な走狗と化していたのが山崎である
もとより奴は創価学会出身でありその曲がった信心でそのまま来たから籠絡されることになったといえる
あの電話口での戦闘における口汚い誹謗がそれを雄弁に物語っている
例え魔の支配する謗法の国土であっても、後々まで見てゆけば仏法の因果は厳然と現れるのである
しかし、筆者は門外漢集団から謝罪の弁を聞けるとは思っていないし千ラシ裏集団の者から帰伏者は一人も出ないと思っている
すでに魔の眷属と化しており懺悔は期待できない
筆者は係る隷属からの解放のため解放聖戦を戦った
2010.4.10の終結から3年、筆者は必死に前を向いて再生のための歩みを続けてきた
これまでに生活の再生を果たしはしたが、戦災復旧にはまだ程遠いのが現実であり未だ瓦礫の山であるといって差し支えない
解放聖戦前の筆者の姿を望み、或いはそこに引き戻さんとする徒輩は筆者にとっては邪悪なる邪魔者であるということを改めてはっきりとしておかねばならない
事もあろうに、筆者所属寺院にも斯様の不届き者がいるのが現実だ

SG現場においてはこれまでに書いてきた以外にも、未だ書くことを許されていない数々の事件があり、これらは全て敵が動かしたものであろうというのが専らの推定である
(つづく)

この記事は、宗教に洗脳されていた頃に書かれたものであり、現在の思想・見解・方針とは異なる内容が含まれています。再掲に当たり、一部を修正させていただきました。

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