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粛清から3年 2

あの粛清の事跡から間もなく3年を迎える
筆者による突然の突き上げに狼狽した門外漢女は口から出任せで地元寺院に移るためにだしにされたかのようにほざいた訳であるがそれは真実とは違う
当時の文書にも門外漢女が理由であることははっきり書いた
電磁波による操作で相応に正確さに欠ける面はあるものの地元寺院云々は一言も書いてないし山崎の手元にもあるはずだ
仮に改竄されるような事があるとしても私の所に原本がある
筆者が門外漢女の除名を要求すると悟った門外漢女はそれを防ぐために理由をすり替えさせて筆者を粛清するように迫った―
そしてあの粛清があったのだ
また、門外漢女の法統相続がうまくいっていない事を窺わせる文言が最後の石之坊月例紙にあったのだ
奴が筆者の粛清を急いだ理由の一つとして、この時点でかかる不幸な結末を覚悟しておりそれを筆者に知られたくないがためという専らの推定がある
いずれにしても、門外漢女の都合だけで筆者を地元寺院に飛ばすという結論になったのであり、端から結論ありきだったのが石之坊サイドだったのである
ともかくこの粛清によって筆者は石之坊を脱退し解放聖戦は終結となった
筆者と門外漢女は水と油であり共存は不可能であることをあらゆる指標が示している
後述のSG現場の事と併せ、解放聖戦は不可避であったと云える
筆者に敵対する集団の徒輩はその8割が女である
この事にも悪しき狙いがあるのである
それは、筆者に女不信を植え付けそれを堅固にするという奸計である
最初からそうだった訳ではない
ガスライティングが始まった当初は門外漢女と千ラシ裏女くらいのものだった
女中心の構成になったのは後年の事である
恐らく電磁波ガスライティング部隊も女中心であろう
いずれにしても門外漢女は当初から法統相続を潰えさせる奸計を以て筆者に近づいたのである

SG現場での四年間は歴史には残してはいけない四年間である
先のエントリで出会いではないと書いたのはこの事を指してのものである
そもそもあの場所自体が筆者にとっては不本意だった
そして何よりも不本意だったのは自動二輪計画の圧殺で本山から遠ざけられ違うことに現を抜かさせられたことである
たとえそれが自分の趣味のことであってもだ
前にも書いたと思うがあの圧殺の目的は筆者を本山から遠ざけるためであったのだ
それと同時に法統相続に資することを妨げるためでもあった
端から見れば意味不明の「バイクは正法じゃない」発言は為にするまやかしの産物なのである
自分の計略のために仏法を食い物にするとんでもない大謗法である
それも筆者をバイク通勤できない非正規の現場に縛りつけて洗脳をやり易くするためだったのだ
その計略によって七年の歳月を空費することとなった
今にしてみれば千ラシ裏女は創価女子の典型的なパターンに当てはまっていた
なんと言ってもその狡猾さ、そして面食い振りがそうである
一見八方美人的なところも含めてだ
その出身地もカルトの一大勢力地である
このカルト女子振りは風化させてはいけない
しかもこの女は超の付くアイドル好きであった
でなければF5とか早見とか出てこないだろう
早見というのは例の青い粛清女のことだ
千ラシ裏女から見れば同じカルト教団の仲間な訳だ、どちらも
そういうよしみだったのか
売れる奴、取り上げられる奴は決まっている
そんなものに何の価値があるものか
だから同じ穴の狢だと云うのである
SG現場は何もいいことは無く弊害ばかりであった
まず、非正規であったこと
非正規はどこまでも非正規である
派遣を脱出することは当然考えていた
しかし、それを察知した敵によって潰えてしまったのである
これだから派遣はやるもんじゃない
次に、筆者には向いていなかったこと
年数を重ねる毎に付いていけなくなったのともとより体育会系とは合わないのだ
千ラシ裏女は体育会系好き。こういう溝は埋められない
大粛清に端を発した解放聖戦の終結から3年
当時の不本意さとは比べるべくもないが本来あるべき状態には未だ程遠い
いかんせん空白の7年は大きいに過ぎるのだ
(つづく)

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