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バイク戦争による損害の考察

撮影機材をキヤノンに戻したのは8月末のことだった
昨年の機材混乱は大いなる損害をもたらしたが、売った機材が高かった分40Dの再奪還のみならずカメラ2台という恵まれた再スタートを切ることもできた
その後、EF-S 17-85mmも入手することができたうえスピードライト(鉄道ではほぼ使わない)も手に入れた
しかし、その前にもっと大きな好機があったはずであった
敵は、行き倒れ策動の際に高額な新車バイクに手を出させることでそれを封じたのであった
恐らく敵幹部の指示は次のようなものであったであろう

「カネを徹底的にはたかせろ。ただし、撮影機材は一切買わせるな。すべてバイクで使わせろ。

この指示を裏付けるものとしては、マインドコントロールによって中身が入れ替わってしまったバイクの導入計画にあった
当初PCX150を中心に検討されていたものがなぜ400㏄にすげ変わったのか
PCX150:総額約35万円
実際に入ったバイク:総額77万円
後付けのボックスやアクセサリーは抜きの乗り出し(前者は凡その見積もり)価格での比較になる
それでも、両者には倍以上の開きがありその差額があればとっくに高級機材を取り戻していたに違いなかろう
それ以外にもPCX150であれば必要なかったであろう駐輪場所整備(約3万6千円)や同じく必要なかったであろう大型スロープ(配送料込みで約3万3千円)など係るスリカエでおよそ50万円も大きくなっていることは特筆に値する
敵がいかにしてカネをはたかせつつ機材を買わせないように、そしてキヤノンに戻させないように腐心していたかが窺える
もしこのすり替えが無ければどうだったか?
仮にニコンのままだったとしても、80-400VRやD600、70-200/4 VRなどが検討されており、それらを入れていれば後のシステム戻しの際にもそれが資産価値を発揮してかなりの高額機材が買えたであろうことは想像に難くない
しかし、筆者がニコンのVRに視覚的違和感を感じていたことを敵も読み取っていたのであろう
もしそれらが入ったとしてもVRの違和感を克服できずにキヤノンに戻す―
という敵にとって最悪のシナリオが見えていたのであろうか
これが敵が誘導して導入に至ったはずのニコンシステムの機材さえも買わせなかった理由ではなかろうか
しかし所詮はマインドコントロールによる化城の産物に過ぎないのはバイクもニコンも一緒である、いずれは崩壊する定めにあったのだ
実際に化城の崩壊を前に筆者はキヤノンEOSシステムに戻す決断を行い実行に移している
なお、3万6千円かけて整備した駐輪場所は今は自転車置き場になっている有様で大型スロープはただの死蔵品に成り下がっている
また、5月18日を最後に9月の入院まで鉄活動が無かったことについて併せて考察する
この間、機材はずっと保有しており鉄活動できない理由は無かった
にも拘らず鉄活動ができなかったのは何故か?
敵幹部が、何らかの理由(無論、身勝手な理由である)で筆者に鉄活動をさせたくなかったためであると断定して間違いない
そのために、化城生成の頃の鉄活動の極大化を謀ったのと同じ理屈でバイクの極大化を実行に移しこれを利して鉄活動をも封じたのである
化城生成の時には極大化させておいて、都合が悪くなったり策謀の役に立たなくなると今度はそれを封じるというのは常人の神経ではないしあまりにも手前勝手・ご都合主義に過ぎる
いずれにしても計画はすり替えられ、巨額の損失を筆者は蒙った
そして敵は、走ることだけに熱中するよう煽動を行い、勢いが付いたところで行き倒れ策動を加速させ薬を外させたのであった
しかし、既出の通り9月初旬には異常に気付いて薬を再開し、診察を無理にでも入れさせたことで一命を取り留めたのであった
行き倒れ策動は、マインドコントロールを重ねに重ねて何重ものトリックによって初めて成り立つ特殊な暴力である
大切なものを外させるというのは、ターゲットに勢いがついてないとできないマインドコントロールでもある
今回は計画のスリカエについて主に論じたが、バイク自体が敵によって捩じ込まれ自家用車の復活を妨げたものである
また、そのバイクを捩じ込むために「クルマは金食い虫」という吹聴を繰り返し繰り返し行い「バイク」に引きずり込んだという事実がある
PCX150の新車は35万円であるが、政策転換後に購入した乗用車はそれより安く、バイクの売却益で賄って余りあるほどであった
このことに怒り狂った敵は、殊更にカネをはたかせた上でマインドコントロールを行い、入院妨害を行ったのである
しかし、その病状が特定疾病に該当したため限度額認定の恩恵を受け、翌月には医療費がかからなくなったのである
いずれにしても、リードの後は乗用車にするのが正しい道であったのは間違いない
実際に、そのことが頭になかったかというとそうでもないし乗用車も検討した
だが、それでは困る敵によってそれを圧殺するためのマインドコントロールが行われ、上記のごとき経緯となったのである
筆者は元々は乗用車に乗っていた人間であり、敵はそれが面白くなかったであろうことは想像に難くない
敵は約15年余りに亘って乗用車の復活を妨げるための策謀を重ねてきたものであり、筆者が乗用車に乗ることはその15年の策謀が水の泡となることを意味したからである
しかし、その乗用車ですら導入決定時にはすでに「先が無い」ことを敵が確認していたものと思われ、所詮はマインドコントロールによる産物に過ぎなかったことが判っている
バイク戦争犯罪に関わった徒輩に関してはこれを徹底的に裁かねばなるまい

この記事は、史実認定の修正により2014.7.3 21:17に修正を行っています。
また、この記事は真実追究を押しとどめられていた頃に書かれたものであり、現在の思想・見解・方針と異なる記述が一部に含まれています。

カテゴリー:バイク戦争犯罪, 敵対者批判
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