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事後処理を執行

パントルセレブルの館もブログ、過去ログに続いて一部ながら回顧録を再開し、更に関連資料を一部であるが公開するなど、漸く当初やりたかったことが形になってきた感がある。
回顧録は全て固定ページで、サイト内コンテンツとしての公開となっている。現在は宗門への誘導の前までの分について公開を再開しており、以後の分は当時の生活を取り巻く各要素のウェイトを適正に勘案しながら、新規に筆を起こすこととしているのでご期待いただきたい。

この間にも、敵対勢力の行ってきた悪辣な洗脳や誘導の様が次々に明らかになっている。これも、真実の追究が加速することによって敵の攻撃を構成していたさまざまな要素の傍証が揃ったことによるものであり、そういつまでも騙し続けることは出来ないのである。

まず、宗門脱退の際の対応が間違っていたことが判明した。これは、宗教というものそのものの本質が明らかになったことによる。宗教そのものの本質を明らかにされることは、敵にとって非常に都合が悪い、拙い事項だったので長い間押し止められていたものである。
およそ宗教というのは、出来るだけ長きに亘って(可能なら一生、あるいは子孫代々に亘るまで)騙し続け搾取を続けたいものである。
また、このような宗教、特に大宗教になればなるほど、本部や幹部などはその道のプロ、精鋭であることが多い。
そこからいえば、昨年の脱退時の対応にはいささか問題があった。

昨年1月、本山宗務院に足を運ばされた訳であるが、本尊の返還、除籍とも拒まれ、却って別の寺院を紹介される羽目になってしまった。
しかも、その後石之坊、法悦院の両寺院の信徒が徒党を組んで押しかけてくる事態にまで発展。
私がすんなり紹介先で再入信しなかったことで、宗務院が裏で両寺院に手を回した可能性が高い。
敵が私を本山に行かせた理由は、宗門に隷属させ続けることが敵の戦略上極めて重要であり、この脱退が敵にとって大変拙いものであったことにあり、そのためBMI犯罪によって操作を行い行動を狂わせたものである。
そもそも、信徒名簿自体末寺の管理による物であるので、本来は末寺に離壇届けを郵送し、本尊も郵送で返還するのが正しい。しかし、それをされてはあっさり脱退されてしまい、その目的(真実の追究に対する半永続的な目暗まし)が達成できなくなってしまうので、先に書いたような操作を行い本山に向かわせたのである。
およそ僧侶というのは宗教システムにおけるプロである。まして本山宗務院ともなれば、それ相応の精鋭が集っているに決まっているわけで、そのような相手に一人で立ち向かうのは愚かなことなのである。土俵からは降りるべきが、より上位の土俵に上がってゆく様なものであり、最初から勝ち目は無かったのである。その結果が、昨年6月に惹起した暴動事件であったということである。
この暴動事件の惹起者の中に、本山の任務者がいた。本山任務者とは、特別な訓練を受けた精鋭であり、当然役員も多い。特別な訓練を受けた精鋭であるから、相手の信念を曲げさせるための特別の訓練を受け相当の技量を持っているということであり、それに向かっていくのは愚かなことであり、ひたすら逃げるのが正解である。
結局昨年9月に脱退が確定したが、そのために成すべき行動は敵によって悉く押し止められた。何とか従前の状態に引き戻したいが為である。

また、本山で脱退に失敗した後、敵は私に余計なことをさせていた。不正追及の文書である。石之坊時代の経験を通じて、宗門は全体に事なかれ主義であり、不正を追及しても潰されることは明白だったはずであった。まして宗門には外部の声を軽視する傾向が強い。それを考えれば、それはするべきことではなかった。したがって、これも引き戻し策動を発生させ、「皆で言いくるめて精神科」という従前のレールに押し戻すための敵による操作であったというべきである。
更に、法華講が押しかけてきたときの対応に問題があった。つまり、押し掛けてきた相手に連絡を取ってしまったことが大きな間違いであった。そのまま無視するのが正解であった。相手が脅しと騙しのプロであるという認識が出来ていなかった上、敵のBMI犯罪によって怒りの感情を焚き付けられてしまったこと、向こうの入れてきた脅しの文書に乗せられてしまったことが大きな間違いであった。無視していれば、恐らく相手もそれ以上は手出しは出来なかったはずであった。しかし、それでは敵の策謀どおりにならないので感情を操作されてしまい、不安定な精神状態のまま対応をさせられてしまったわけである。いずれにしても、脅されて書いた物は無効である旨法曹に確認済みであるので、今後脅しに屈することはない。

なお、敵対勢力とこれら粗暴勢力の関係は不明であるが、工作員の文言に明らかに創価寄り、医療利権・精神医療礼賛が見て取れたので、何がしかの利益が約束されていた可能性、あるいは既に何がしかのリベートを受け取っていた可能性がゼロであるとはいえない。無論BMI犯罪による操作を受けている可能性も無きにしもあらずではあるが。

そもそもが、先述の通り信徒籍は末寺の管理なので末寺に申し出るのが正しい。だから、最初からこの対応が出来ていれば、先に記したような事態は起らなかったといえる。それをさせなかったのは、先述の通り脱退が敵にとって不都合だからであり、入信じたいが敵の操作であり敵の都合であったことを証明している。

宗門から脱退したのは、主にハラスメントの巣窟となっていたことや度重なる交際事犯などが問題視されていたこともあるが、見直しの理由が11年にも亘って活動を行っても良くなるどころか却って取り返しの付かないところまで追い詰められ、人生を破壊される結果になったという、現証の面からの疑問であり、「祈っても何も変わりはしなかった」そして「新しい寺院に行っても、どのみち同じになる」という結論から脱退に至ったものである。したがって、今後いかなる理由によっても復帰は有り得ず、一家としては今後あらゆる種類のあらゆる宗教とかかわることを禁止、宗教そのものを非合法化した次第である。

脱退する宗教によっても対応の仕方は多少違ってくるが、創価学会の場合は本部宛に脱退届けを文書で出すのが、日蓮正宗の場合は末寺宛に離壇届けを文書で出すのが正しい。間違っても脱退時にその宗教の人間のところに向かって行ってはいけないのである。

本年に入って漸く事後処理が具体化し、まず残っていた書籍等の類を処分した。返還するべき物、処分のできない物は旧所属寺院宛に送付を行い、併せて封書にて除籍を申し出る文書を送付した。ここに当家は晴れて日蓮正宗とは無関係となったものであり、長い暗黒の原因にして真実追究ストッパーであったものが漸く取り除かれたことになる。

改めて敵のBMI犯罪の恐ろしさを思い知るとともに、改めて創価学会等の敵対勢力に対する怒りを新たにするものである。

-完-

カテゴリー:戦後処理
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