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9/9 雑感(解放聖戦記念日 記念寄稿)

7日、8日の虎話はお休みしました
あしからず御了承ください
4日付のWeblogで「まだ予断を許さないのでなんともいえない部分は正直、ある」と述べた事に関連して筆者なりの考えを申し上げる
今も福島の原発事故は収束しておらずそれがいつになるのかもわからないし地下水汚染の可能性が非常に高いのに地下ダムの話も出てこない
考え方によっては出来ないのではなくやる気が無いのではないかと疑わなくてはならないほど進行が遅い
民主党が日本人の党では無い事とあわせて考えるとつじつまが合わなくもないと思っているのは筆者だけではあるまい
日本人の政党であれば、日本人である国民の事を第一に考えて避難等の措置を真っ先に取るはずではないか
原発から離れた福島市でも、大甘のチェルノブイリ基準でも既に妊婦や子供は避難しなければ危ない状態になっている
そんな中、台風12号が日本列島に襲いかかった
しかも、野田佳彦と云う男が総理になった途端の事である
この事を仏法の観点から申し上げると、日本の指導者としては不適格であるとの諸天の警告ではないかと
6年前の福知山の事故もそう
あの時は公明党の北側と云う男が国交相になった時の事故だった
公明党と云うのは誰もが知っているようにカルト宗教の政党である
野田は民主党員ではあるが、もしかすると…?と云うことである
また、野田は政官業トライアングル側に都合の良い人間でもありその意味でも否定されたということだろう
かねて云うが、創価をはじめとする謗法の徒輩が多数を占めたままではこの国の未来は暗いままである
正法たる日蓮正宗への一人でも多くの帰伏を促すものである
次にこちらの記事を見ていただきたい
このままでは福島が見殺しにされる - 渥美京子
(BLOGOS)
驚くことに、本来であれば真っ先に逃げるべき地域で、それに逆行する動きが起きているのだ
それが福島県という行政機関の体質を現している
本来除染というのは役所か加害者たる東電がやるべきであり被害者である地域住民にやらせるべき性質のものではない
除染を「『やらない』というと、近所の人から白い目で見られる気がする」というのである
当該記事にあるように、企業ぐるみで「避難」「疎開」を押しとどめているであろう事は明らかである
東工大准教授の松本義久という御用学者(3・11以降「100ミリシーベルト以下の被ばくでは、人体への影響が確認されたことはありません」と繰り返し述べてきた人物)の書いた文書をコピーして社内に回覧している経営者がいる有様である
そもそも「100ミリシーベルト以下の被ばくでは、人体への影響が確認されたことはありません」という発言自体根拠のないものであることはチェルノブイリの現況に照らして明らかである
誰がどう考えても、避難や疎開などによる心身面の影響よりも放射能がもたらす健康への影響の方がはるかに大きい事は明らかである
「それぞれの企業もまた、原発と放射能の犠牲者である」と述べられているが、もはやそうではない
なぜなら、政官業と一緒になって「避難」「疎開」を押しとどめるという所業はもはや悪魔の所業だからである
以前に取り上げた「住民奪還作戦」とどこが違うというのか
住民奪還作戦と同じで、人よりもカネという県の基本理念が良くあらわれているものである
「そう簡単に住み慣れた土地を離れることはできない」
「避難したくても、仕事や住居がなければ踏ん切りがつかない」
そして、私が兼ねてから指摘している、どうしても現在の生活にしがみつこうとしてしまう人間の愚かさが、そうした政官業社会主義の勢力に利用されているのである
しかし、今はまさにそれを捨ててでも生きる事を選ぶべき時に当たっている
「しがみつく」ことは、その後の人生に必ずや暗い影を落とす
その事は、筆者が今現在進行形で経験していることであり何事に於いても当てはまってくる
今福島の人民がしなければならないことは、他事を差し置いてまず逃げることである
誰に何といわれようが世間体を気にしている場合じゃない
世間体に殺された命の数を考えればなおさらである
世間体という化け物は人を不幸に陥れる元凶の一になっている
「福島に残ろうキャンペーン」という官業一体の住民引止め作戦には惑わされず、とにかく逃げなければならないのだ
このようなプロパガンダが行われること自体、福島が本当は危ないことを物語っているのではないか
福島県を活動区域から除いたのはそのあまりの悪質さにnovaya_zemlyaが愛想を尽かしたということだ
人々がしがみつこうとしているあらゆるものはそれがいつまでも存在し続ける保証などどこにもない
つまり、あなた方がしがみついているのは実はいつ崩れてもおかしくない砂の城であるということである
その意味においても、首都圏の放射能汚染の実態が明らかになるにつれて筆者を含めて同じことを考えなくてはならない時が来るかもしれない
そのときには、筆者は可能な限り逃げるつもりでいる
たとえ首都圏を、あるいは日本を去るべきときがきたとしても
シングスピール・ウェブはシングスピール・ウェブであり、シングスピールはシングスピールであり続けるということである

カテゴリー:「新天地からの手紙」からの編入記事
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