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大粛清

早いもので大粛清から3年余りの月日が過ぎた。
大粛清の端緒はそれまで仕方なく続けていた仕事が行き詰ったことにあったが、それと同時に何でこんなところで我慢してなければならないのか、と思っていたことにある。
きっかけが無ければ、と言葉にするのは簡単である。
だがそれが理由になるかというとそうではない。
本来であればSGなどもっと早くに辞めていればよかったのである。
その背景についてはこれまでに書いたとおりである。
SGの初期に、脱出の機会はあったと思う。
しかしながら目先の生活しか考えられなかった私は、道を踏み外してしまったのだ、門外漢の狙い通りに。
社会保障制度を活用すれば、軌道修正は出来たはずだったのである。
門外漢もさることながら石之坊の古参は私をまともな仕事には就けさせたくなかったのであろう事は歴史が証明している。
ともかく、あんなところにしがみついていても何もいいことは無かったのだ。
しかし、それは彼奴等にとって都合が悪いので皆黙っていた。
石之坊の古参は権威を傘に着て自分に随わせることしか頭に無い。
しがみつくことは必ず事態を悪化させることになる。
結果として、私は全てを失うこととなった。
大粛清の前には既にそれが確定していたのであって、既に失っていたも同然であった。
目先のことに囚われていると大切なことが見えなくなる。
当時囚われていた物事は、今にしてみれば小さなことであったり、或いはありもしない幻想だったりする。
逆に言えば、目先のことに拘らせること自体が敵対者連の策略であったのだ。
大粛清はSGでの軋轢としがらみからの解放が目的ではあった。
しかし、現実にはそれだけでは終わらなかった。
大粛清は門外漢にとっては大いに想定外だったからである。
大粛清でSGの全てを終わらせた後、千ラシ裏女からしつこく電話がかかってきた。
もちろん、電話には一切出ていない。
決別は予め彼奴等にも予告済みであった。
にも拘らずしつこく電話がかかってきたのは、想定外の出来事に大いに憤激した謀略団体幹部が従前の状態に引き戻さんと千ラシ裏女に苛烈なほどの圧力をかけたからではないかというのが専らの推定である。
大塚の日払い発言も、何とか従前の状態に戻さんとする門外漢の憤激が背景にあったのではないか。
大粛清を端緒として石之坊の連中の本性が白日の下となったことは私にも想像が付かないことではあったが、あの解放聖戦は絶対に必要だったと言い切れる。
大粛清に端を発する解放聖戦で彼奴等とは決別した。
しかしながら、長年の軋轢でかなり精神を病んでしまっていたと思う。
文字通り、全てを失っていたのだ。
大粛清の翌年、私は病に倒れた。
精神を病んだことで体までおかしくしてしまったのである。

以来これまでに至る経緯は筆舌に尽し難いものがある。
経験した者でなければ理解は出来ないだろう。
その経験が無い奴はいとも簡単に括ろうとする。
しかし、打ちのめされた心は元には戻らない。
元には戻らないばかりか必ず歪みが残る。
今でこそ心身はかなり回復してはいるが、元通りになることは無い。
人を打ちのめす行為は必ず怨恨を残し、返り討ちに遭うと決まっているのだ。
私は無駄な戦争には関わりたくはない、出来ることなら降りたい。
しかし、門外漢はそうではない。
その証左が8月30日事件である。
それほどまでに石之坊の連中は私の存在自体が都合が悪いのだ。
ともかく、主権回復を止めることは許されない。
軋轢と幻想に苛まれた日々は彼方に去ろうとしているが、その記憶が消えることはない。
しかしながら主権回復が成ったときには門外漢一味は間違い無くこの世にはいないであろう。

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