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行き過ぎた金持ち優遇に鉄槌なるか

ようやく行き過ぎた金持ち減税にメスが入りそうである
高所得層に大増税のしかかる 相続税も退職金も控除も見直し
記事のタイトルが善からぬが誤解しないように
マスゴミの印象操作には全くはらわたが煮えくり返る思いだ
このタイトルがいい例であたかもそれが悪いことであるかのような書き方をしている
印象操作が常に行われていると思って疑ってかからないとマスゴミに騙されることになる
そもそも今の格差社会というのは自民党政権下での行き過ぎた金持ち減税によるものであり一般市民の立場からは到底容認できないものだった
もとより、金持ちかどうか、或いは収入の多寡というものは人間性を計る物差しにはなり得ないのだがな
ものさしについては機会を改めるがこの行き過ぎた金持ち優遇に政府税調のメスが入れられようとしている
その意味においては、「大増税がのしかかる」のではなく「行き過ぎた金持ち減税が元に戻る」ことを期待すべきである
要は配偶者控除や給与所得控除に年収の上限(1000万円。税込み年収1250万円)を設けるもので、役員の給与の控除については一般給与の半分に抑えることも検討課題となっている
民主党政権は「高所得層の優遇が行き過ぎた」というのが基本認識であり、高所得者層の行き過ぎた「溜め込み」を正せば格差の是正にもつながるものだ
カネや見た目で人間性を計って運悪く格差社会に乗れなかった人を見下ろす徒輩に鉄槌が下されることを期待しよう
有名な御書より少々引かせていただく
「ふくろはくさけれどもつゝめる金(こがね)はきよし。池はきたなけれどもはちす(蓮)はしやうじやう(清浄)なり。(中略)心あらん人金(こがね)をとらんとおぼさば、ふくろをすつる事なかれ。蓮(はちす)をあいせば池をにくむ事なかれ。」(新編1583より引用)
ここでいわれている「こがね」というのはカネのことではなく、心の財(たから)のことである
この点、勘違いせぬよう
元より謗法者に心の財という人の「中身を見る」事が出来ようはずもないが若し、信心する者にこの過ちあらばそれは信心のあり方が間違っているということである
筆者が金持ちでないことを理由に軽蔑し、あるいは外して筆者を棄てた徒輩は、袋とともに心の財(たから)を棄ててしまったということだ
そのような振る舞いをした徒輩が後年になって懇願しようとも、小生は一切関知せぬということだ
また、かつての過ちを省みず暴力的背景を用いて過ちを追及されぬよう謀り、また優越感の消滅を恐れよこしまな祈念に走るような宗教ゴロには成仏は決してありえないということだ
また、「人は見た目が9割」だなどとも思っている徒輩には一生かかっても心の財(たから)はつかめないということだ

カテゴリー:「新天地からの手紙」からの編入記事
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