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身辺整理

現在の状況についてはエントリー「雌伏」に記したとおりである。
状況は依然厳しくこの局面を乗り越えることが課題である。
あえて詳しくは書かないが来年は様々な意味において節目の年である。
当然ンゲマも黙って見てないだろう。
門外漢一派はこれまでに無い新たなやり口を身に付けた様である。
それは、我々のことをよく知らないような末端の講員を選んで買収して各寺院に浸透し、そして攻撃を仕掛けさせるというものである。
これは、門外漢の工作を慮って住職はもとより役員幹部にも然るべき事実の伝達を徹底したことにより工作の企図が撥ねられたことへの対抗手段として生み出したようである。
石之坊講頭は門外漢に生殺与奪を握られているため、門外漢がしゃべれといえば何でもしゃべる。
だから、移籍先もすぐに把握する。
しかも他の者(例えば私のような者)が問い詰めてもどこへ行ったかも教えない。
今の所属は、そのことによる錯誤によって決まったことなのである。
我々に対しては分断を徹底し、しかも自分は相手の移籍先を把握するという、門外漢はどこまでも腹黒く意地汚く限りなく狡猾な人に非ざる徒輩である。
このため、戦争から降りるには身辺整理しかないのである。
なお、O氏にあっては自らが顕正会に引っ張ってしまったという自責の念があって正面切って非難できないのかもしれないが、門外漢が人には非ざる悪魔の徒輩である以上は情無用の対処をするべきかと考える。

旧回顧録ブログを閉めるに当たって、私は人生における望みを致命的な形で断たれたことを書いた。
他者が「差別」と言っているものは恐らく差別ではなく格差のことではないかと思うが、差別と言うのは格差に伴う誹謗中傷の事を指す。
また、差別と差別感情はまったく別の次元の問題である。
どちらかというと後者の方が問題なのではないかと。
ともかく今の超格差社会では多くは期待できないし努力も無駄になる。
人生には乗り越えることの出来ない壁があるのであって、それを無理に乗り越えようとするところに無理が生ずるのである。
出来ないことを無理にする必要は無い。
望みの無い事に期待して努力してもそれは1000%無駄となり水泡に帰す。
望みが絶たれた事に気づいた端緒こそ先日の事件であるが、実は門外漢らによって既に断たれていたものなのである。
門外漢は私が人生の目的を成就することが無いよう巧みに事件を起こしそれに対して謝罪どころか反省の一片も示さないことで逆上させ引き付けておいて時間を空費させたのである。
いずれにしても、私は最早女というものに対して夢も見る事も無いし幻想の一片も残っていないと言っておく。
従って、身辺整理で女絡みのものはすべて片付けることにした。

失地回復は至上命題である。
戦争から降りるには身辺整理が第一優先であり、これと同時に再構築が喫緊の課題である。
現在は身辺整理を進めているところであり、然るべき再構築の時に備えている。
門外漢のエージェントに慈悲や情けは無用である。

この記事は、宗教に洗脳されていた頃に書かれたものであり、現在の思想・見解・方針とは異なる内容が含まれています。

カテゴリー:日常生活, 運営局面
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