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門外漢女について 1

門外漢女は当初から今日に至るまで反省懺悔の一片も見せておらず、一言の謝罪も一円の賠償も無く遁走を続ける
斯様の状態が続く限りに於いては私も奴に反省の態度が無いと見なしてここに書き続ける

前置きが長くなったが、門外漢女は正法に縁しながら道を踏み外しあのような様となっている

ここに、少しばかり紙面を割いてその転落への軌跡を振り返り他山の石とさせていただく
長くなるので記事は二回に分けてお送りする

門外漢女の紹介者はかつて石之坊の講頭も努めた私の知人である
しかしながら、氏が入信した時に門外漢女は入信していない
確か数日だと思うが入信日に不自然なズレがあるのだ
もちろん同日とはなかなかいかないものなのだがそれであればもっと、例えば数週間とか何ヵ月とか差が開くものだ
この数日というズレとともに、わざわざ2月7日を選ぶという釈然としないわざとらしさは、「お上」にお伺いを立てたとも取れるに足るものだ
何もなければ疑うに足らぬ事なのだが、あれだけの事があっては何を言われても言い訳にしか聞こえないものだ
2月7日を選んだのは明らかに「演出」であったと誰もが見抜けなかったのである
その「お上」とは他ならぬあの巨大カルトに他ならない

入信時の経緯から不穏な門外漢女は、入信早々からおかしな発言や行動が目立った
まず、明らかにおかしい発言の数々
「私は浄い」
「バイクは正法じゃない」
「いいんです」
どれを取っても明らかにおかしいのだが
法華講に長年身を置いている人なら解るはずだ
特に、「いいんです」は間違いや謗法の指摘に対する口答えなのである
いくら新入者でもこんな尊大な態度はめったに見ない
こんな態度で仏法を正しく師弟相対で拝する事などできる筈がないのだ

謗法厳戒の念の薄い門外漢は某ロックグループ(「A」ではない)が創価系だと教えても「いいんです」で聞く耳を持たなかった
さらに、創価にいる友だちとやらに正宗の名前を出せないとほざいていたがこれは法華講員のあり方として大変おかしい
仕事関係で生活がかかってる話ならいざ知らず
信心するのに友達を失うのが怖いとか本宗ではありえない
それを言うなら筆者は既に殆ど失っている、正法正義を貫いたがために
ここに落とし穴があった訳で
そんなものをよく見逃すものだ、と思われるかもしれないがそれは違う

というのもこれはいわゆる「ほのめかし」であるというのが現在の私の見解である
「私は創価の人とつながりがあるのよ」というほのめかしだったのだ
だから他の人に言う訳が無いのだ
言えば大いに非難の対象になるし厳しく指導されることとなるからだ

更に門外漢は私に対するソーシャルエンジニアリングまで行った
いわゆる根掘り葉掘りである、これは回顧録にも書いた
今にしてみれば、他に男がいながら根掘り葉掘りはおかしい訳で
この根掘り葉掘りが行われた頃には既に私はあの卑劣な連中に売られていたということだ

更に、性格的なことを言うと自分中心に世界が回っているようなところがあり、それでいて自分は正しいとばかり思うところと杓子定規そして峻烈な偏見というものがあった

このように、門外漢女は草創期からおかしかった訳でこれが見抜けていれば分断されずに済んだし石の湯事件も防げたのではないかと
そのことにおいては未だに忸怩たる念が存ずるところである
そして、この後自動二輪圧殺をはじめとする数々の悪事に手を染めていった訳である
次回ではその後の権謀術数ぶりについて扱うこととする

追記:自動二輪圧殺事件は自動二輪計画の刷り込みとセットになったマッチポンプ事犯であり、バイク戦争犯罪の一部です。

カテゴリー:敵対者批判, 門外漢・SG・千ラシ裏問題
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