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主張と矛盾するような事件について

私は、かねてよりクルマが収奪装置であり、利権の塊であると指摘しており先にもこの趣旨で記事を上梓したところである。
しかし、2013年にこれに矛盾するような事態が起きている。
これについては、誤解のない様にそれが洗脳と誘導による事件であることを説明しておく必要があり記事を起こすこととした。

何故クルマを買わされる事態が惹起ったのか?

2013年に私は敵宗門の策略による交際類似事件に巻き込まれた。
この事件は人工透析への転落を目前にして惹き起こされたものであり、その一部として必要の無いクルマを買わせそれによって殊更にハタカサレるという事態が起きている。
2013年8月、最後のツーリングの帰途で私は異常なほどの疲労感に襲われた。
しかし、それは年齢的なものではなく腎臓疾患の悪化によるものだったが、敵はこれを「年齢的な衰えだ」と遠隔洗脳操作で刷り込んで思い込ませた。それはその後に予定していた交際類似事犯とハタカセ策動のためであった。

当時はまだ敵宗門に隷属させられていた次期であり、2011年に始まっていた真実の追究からも敵の策動による再洗脳によって遠ざけられていた時期でもあった。アベルフが政権を不当に簒奪して諦めムードが漂っていたことも悪い意味で影響していた。

翌13年9月、私は御講にタクシーで来ていて帰りも私は自分でタクシーを捕まえて帰るつもりでいた。
しかし、当時の役員で班長だった男が、私に車に乗って帰れとしつこかった。
私は一度断ったが、それでもなおこの男は乗って帰れとしつこく迫っていた。
その狙いこそ、後々問題になるこの寺の女工作員である柏原という女にあった。
つまり、思わせぶりによって誑かし行動を改変するとともに来るべき人工透析転落という事態に対してその重大性に気付かせず変な希望を持たせて騙くらかして脱退を妨害する意図が含まれていたのだ。つまり、敵宗門は私が人工透析に転落するということを予め察知して予定していたことになる。
案の定、その車の中で問題の女は思わせぶり行為を行い、これが後の洗脳誘導に利用されたというわけである。
女工作員による思わせぶりつまり交際類似行為は、決して個人的に行われたものではなく、これまでに宗門が惹き起こした数々の事件と同様寺ぐるみ、講ぐるみによるものであり宗門の指示に基づいている。
なお、当時まだバイクがあったにも拘らずタクシーで来させたのも敵一味の裏部隊による遠隔洗脳であり、バイクで来られては組織ぐるみの交際類似事犯を起こせないため洗脳装置で誘導した結果なのである。

ここでは、交際類似女のコトはひとまず置いておいて、クルマを買わせた謀略について説明する。

この時、私はバイクを手放そうとしていて、まずこれが間違いの元であった。
つまり、この間違いこそ先の思い込ませによる「年齢的な衰えだ」という誤認識によるものであり、またその原因をスリカエられていたことによるものである。
腎臓疾患の悪化は、予測しようとすれば予測出来ないことはなかったことである。
しかし、それは最後のツーリングの後で気分を悪くしそこで異常な血圧に気付いていたことによるもので、既に内容を敵の遠隔洗脳操作によって書き換えられていたので、そのことによって腎臓の悪化に気付くことができなかったのである。もっと正確に云えば、悪くなっていたことには気付けていても、人工透析への転落という最悪の事態を予測するという決定打を打てないようにされていたのだ。

その前、私は敵一味の策謀による遠隔洗脳操作で診察からドロップアウトさせられていた。このドロップアウト操作は腎臓の悪化が敵の一部である悪徳病院の医師によって出された薬に起因するものであることを隠蔽し、ドロップアウトのせいにして助けてやったんだろと恩を売って善と悪をすり替えるために行われたものである。
つまり、ドロップアウトしないでいて病状が悪化されると悪い薬を混ぜたんじゃないのかと疑われる可能性があるからで、犯罪行為の隠蔽である。
少し前置きが長くなったが、要するにバイクを売ったカネをクルマを買うことで使わせ更にこれをネタにハタカセて蓄えのない状態を強要したのがこの事件であり、先の交際類似事犯はそのきっかけを投じるために行われたものである。

事態の経過

きっかけを投じられたことと遠隔洗脳操作が発動されたことによって私が取るべき行動は捩じ曲げられ、すぐに必要性が無くなるクルマを買わされるような方向に敵は力ずくで引っ張っていったのである。
当時取るべき行動は何だったのか。
それは、身の丈に合わないバイクを、身の丈に合う小型のバイクに乗り換えて残りの資金を温存することであった。何故なら透析への転落が目前に迫っており、金銭的余裕が絶対に必要だったからである。
それを捩じ曲げるために敵が行ったことが、透析への転落が目前に迫っていることを知らせないようにすることと、女工作員による交際類似行為で未来に変な期待を持たせて誑かすことであったのだ。
云うまでもなく、クルマというのは持っているだけでハタカセのネタになり得るものである。而して敵が行ったのは、必要も無いクルマを買わせてさらに車をネタにいろいろと物を買わせて殊更にハタカセることであった。
その後すぐに人工透析に転落させられ、会社は退職となりクルマの必要性は失せたのであった。クルマの必要性などすぐに失せることは確定事項であったといえるのであるが、敵一味はそれを知りながら真実を知られないように隠蔽を図り、思わせぶり行為で誑かして判断を狂わせ行動を改変し、クルマが必要だと思わせて行動に走らせたのであった。
結局、このクルマはたったの半年しか持たずに売却させられることとなっており、25万で買ったクルマの売値は10万だった。たったこれだけで15万ものカネを不当にハタカサレて力を削がれているのだ。一家の中でも最も最大級の汚点である。

もしこれがクルマでなく小型のバイクであったらどうだったか。
クルマよりは格段に経済的であり、当時の厳しい状況でも何か制止に足る理由が無い限り乗り続けられたはずであり、2015年3月までは乗り続けられたはずであった。
25万で車を買わされるのであれば、後述の通り小型バイクとカメラ機材を同時に買えてしかもその後のハタカセを防ぐことが出来たはずである。

クルマを降ろされたあとはバイクを買うことも出来ず、しかも機材破壊工作によってカメラ機材を不当に失わされており、最低限の機材は持っていたがそれを使い続ける選択も敵は許さずに最後に残った10万円を敵は買い換える必要も無かったカメラなどに使わせるという暴挙に及んだのである。当時カメラ機材が無いわけではなく、しばらく待って別のカネでやるべきであった。それをやるのであればクルマを買わされるのを防いで小型バイクと同時にやれば両立できた。しかもその後敵一味は更なる機材破壊工作を続け、殊更にハタカサレて最後の10万円は藻屑と消えたのであった。
もっと云うならば、2013年に「無慈悲な揺さぶり事件」というものがあり、一度は問題の機材を買っているのである。しかし、これが敵一味の標的となり電磁波攻撃で不調を演出され、更に全く必要の無い機材を洗脳で買わせて翌日には売らせ、それだけで万を超える損害を出しているのだ。それでさえ、敵一味は洗脳で正当化を演出してまで犯行に及んでいる。
機材破壊策動とは、まさにハタカセのためにあるものであり、殊更にハタカセて力を削ぎ利権のために私を薄汚い辺境の地につなぎとめておくのが目的である。

これらは全て敵一味の悪辣な誘導と遠隔洗脳操作によってもたらされたものであって、決して私の選択ではない。殊更にハタカセて力を削ぎ移住を妨害するためであり、宗教からの離壇を妨害して縛りつけておくためだった。

その後

問題の女工作員はその後どうしたかといえば、人工透析に転落して直後のお会式のあとすぐに疎遠になり、このことを班長だった男に問い詰めても「そんなものある訳ない」などと年令などという理由にならないものを盾に女工作員をかばい一方的に私のせいにしたのだ。しかし問題の交際類似事犯を指示していたのは他ならぬこの伊藤という役員の男であり、宗門僧の指示で事件を指揮したのである。これは門外漢女を守った石之坊と全く同じであり、このことが宗門に対する不信感を募らせその後の聖域なき見直しそして宗門からの脱退につながったことは云うまでもない。

現在伊藤や柏原ら法悦工作員、法悦僧俗どもは全て本会の決議により「永代追放扱い」となり、厳しく放逐するとともに更なる報復措置も辞さない旨警告している。
特に重篤な惹起犯罪者については各個別に永代追放を宣告している。

この事件が決定打となった上、その後も敵一味による無慈悲な洗脳犯罪によるハタカセが続き今日に至るまで蓄えのない状態を強要されているのが現状である。

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あの日のこと

2015年6月14日、敵宗門石之坊は法悦院と共謀して寺院をまたいだ迫害部隊を結成し、私に対して宗教団体にあるまじき迫害を行った。
あまりの衝撃に、いまだ事件名が制定されないほどの忌まわしき事件であり、私の心に深い傷を残す結果となったものである。

この事件は敵一味の策謀によってBMIによる洗脳操作で書き急がされた旧回顧録ブログがカモにされ、更に当日に敵側がBMI犯罪による洗脳の影響下に置き、これによって操作を行いながら、私が一方的に不利となるような状態を作り上げた上で、寺院をまたいだ工作員数名(少なくとも4人以上)で押し掛け、言論封殺と強引な引き戻しを謀った事件である。

問題となった旧回顧録ブログは、その内容が敵宗門による創作であり、これをBMIによる洗脳で思い込ませて書き急がせたものである。さすがに違和感がありありであり、再三に亘って見直しが行われ、一度は内容に疑義ありとして削除が敢行されたが、敵一味は再度焚き付けてこれを書かせ、その後の見直しにもこれを削除させないでおきながら、私が宗門の意に沿わず脱退するとこれをカモにして寺院をまたいだ工作員によって迫害を行わせ、しかもこれを宗門側がBMI犯罪によってアシストして工作員の側に一方的に有利となる状況を作り上げたのである。
私がいまだ宗門に隷属させられている間は宗門側は決してこれに手を付けず、数々の事件において宗門が真の画策者であることを隠し脱退を防ぐためのデコイとして門外漢女を利用していたものであり、私が宗門の意に反して脱退したことで当初の予定通りこれをカモにして迫害を仕込んだということである。
そうでなければもっと早い時期に問題になっているべき代物だからである。
工作員の側がこのことをどの程度知らされていたかは不明であるが、BMI犯罪が併用されていることから見ても単なる講員どもの連帯による犯罪ではなく、宗門宗務院が画策しその指示によって惹き起こされたものではないかと当方では見ている。
この事件が起こるまでの間にはいくつもの不審な出来事があり、脱退にかかる正規の手続が不当に妨害される事態も起こっている。
本件事件は、決して単発の一個事件ではなく、そこに至る過程に宗門との闘争があって惹き起こされたものであり、決して個人的或いは末寺レベルだけで惹き起こされたものではないのである。

2015年1月10日、私は宗門から脱退し、無宗教に戻ることを決めた。
しかし、敵一味はこの瞬間から然るべき手続をさせずに強引に引き戻し再洗脳した挙句抹殺するための悪逆なる策動に動き出したのであった。
まず、脱退届は基本的にその時点での所属寺院に出すべきものであり、宗門に直接差し出すケースもあるもののいずれにしても郵送で行い、敵のいるところには向かっていかないのがセオリーである。
ところがこれに対して早速操作が入った。
何をさせたかというと、わざわざ本山まで脱退届を携えて向かわせるという凶行に及んだのである。
これには、事前調査の不備とそれに対する妨害があったのである。
正しい脱退方法が記載されたサイトにアクセスさせないように、また検索で調べさせないように仕向けていたのである。
当時はスピン目的の偽被害者サイトやアカウントに愚弄されていたこともあり、BMI犯罪の主導者は宗門であるという重要な真実をまだ知らなかった。
スピン目的の偽被害者どもは、創価や公安など的外れなものをデコイとして叩かせるために演技を行い、本当の被害者を愚弄する連中なのである。

話を戻して、宗務院の者が脱退届を易々と受け取る訳はない。
何故なら、搾取する側であり、宗教にしがみつかせておきたい側がそう易々と脱退を受け入れられるはずが無いからである。
かくして、脱退届けを突きつけたはいいが敵宗務院の者はこれを何だかんだと理由を付けてついに受け取らなかったばかりか「謗法」を脅し文句に違う寺院で続けさせようとしたのである。結局は全くの無駄足に終わったばかりか、奴らのいわば仲間であるともいえるバス会社に儲けさせるだけの結果に終わった訳である。F社は富士・富士宮周辺のバス路線を寡占的に占めているだけでなくG社もその傍系であり、ほぼ独占企業だ。そしてこの会社は大石寺への路線を独占的に運行している。そのことだけでも「お仲間」であると気付くべきであった。
しかし、宗門そのものに疑問を感じていた私がその寺院に出向くことは無かった。
そして、私が宗門に対して真実を追及する姿勢を見せると、宗門側は掌を返すような態度に出たわけである。
まず、ツイッター上で法華講工作員が不審な態度に出始めた。
その中に、法道院の信者と思しき輩がいた。
恐らく、この者が宗門側に私の動きを逐一報告していたのであろう。
この者については激論の末にブロックの処分としている。
その後、私は新たな誘導先の寺つまり法道院に断りの電話を入れるのであるが、寺の者はまともに取り合わず馬鹿にした態度でぞんざいな応対をする有様であった。

さて、先述のとおり私は問題の回顧録ブログの内容には予ねて疑問と違和感を感じていたわけであるが、そのことが敵宗門にとっては都合が悪かったようである。
つまり、敵宗門はその内容が絶対に正しいと思い込ませたかったということになる。
そのために、敵宗門はBMI犯罪によってその影響下におき、私を不当に操作するという悪行に及んだのである。
それは、宗門側工作員どもを一方的に有利にするために行われたわけである。

宗門脱退の決定からおよそ5ヶ月経った2015年6月14日に、その事件は惹起した。
冒頭のとおり、寺院をまたいだ少なくとも4名以上の男子部が押し掛けてきて迫害を企てたものである。
その結果、認めなくてもいいものを認めさせられ、ブログは閉鎖に追い込まれしなくてもいい不本意な謝罪までさせられるという被害が発生したものである。
先述のとおり、私は問題のブログの内容に疑問を抱いていた。
しかし、それがそのときには敵の操縦によって消されて敵の操縦どおりのことを言わされる被害を受けてもいる。
それだけではない。
BMIの被害は、対応の改変にまで及ぶことになった。
元来このような不当な迫害者には何ら対応をする必要はなく、また食って掛かってもいけない。
ところが敵一味は不当な操作でこれらをさせるという所業に出たのである。
更に、敵工作員は偽名を使って法的拘束力のないちんけな紙を入れてきたのだが、このようなものに対応する必要は無いし連絡もしてはいけない。
ところが、敵はBMIでこれらを捩じ曲げ、対応をさせてしまったのである。
しかも、わざと怒らせるような手段を使い、心理操作まで行い冷静な判断をすることを徹底的に妨げたのであった。
したがって、当日のすべてが私にとっては非常に不本意なものであり、何ら私の主義主張を反映していないものであるから当家ではそのすべてを無効であると決している。

問題の回顧録ブログには、お問い合わせフォームを設置しており、異議や苦情に対応できるようにしていた。
しかし、奴らは決してそのアドレスを踏むことをしなかった。
つまり、苦情等は問い合わせフォームで行うのが正規のあり方であったのだが、奴らはこれを無視して押し掛けてきた。
敵工作員は初見の者とは思えぬ非常にぞんざいで高圧的な態度であり、わざわざ怒らせるようなやり方を取って冷静さを保たせないという非常に謀略的な方法を取った。これは石之坊住職・山根の指示であると思われ、それを思わせる言がこのものから発せられているので恐らくそうであろう。
そして、敵工作員はウソでたらめで脅し罵倒して私の言を全て「ウソ、でたらめ」などと罵って塞いで自分たちの主張「だけ」を一方的に飲ませようとしたのである。
そしてこれがBMI犯罪による操作によってアシストされたのであった。
思考は捩じ曲げられ混乱し、冷静さを奪われ、一方的にやり込められる事態となったのだ。
メールフォームを設置していたのはそのような事態を防ぐためでもあったが、奴らはそれを意図的にすり抜けていたということになる。
事件を画策した宗門僧侶が、メールフォームを無視して集団で押し掛けるよう指示していた可能性が極めて高い。

敵工作員・龍神ひろしは私がブログで使っていた「敵」という語句に激しく反応してきた。何故か?それは身に覚えがあるからに他ならず、この犯罪の主導者が宗門であると見抜かれているのではないかという恐れを敵一味が持っていたからに他ならず、また私が宗門を敵視し始めていたことに対しそれを引っ込めさせる狙いがあり、それで山根がこの男に指示していたのであろう。
また、この男は「ブログ辞めろ」「ツイッター辞めろ」とその目的をあらわにするような台詞を平然と吐いていた。
つまり、奴らの目的は記事の修正や削除ではなく、真実を突き止められないうちに私からブログやツイッターなどの情報ツールを奪い、その上で元の寺に引き戻し、そして皆で言いくるめて精神科に誘導し抹殺することにあったのである。
そうでなければ正規のあり方に従って、メールフォームから異議を申し立てればそれで済んだだけの話である。
他に疚しいことが無ければ絶対にそうしていたはずであり、正規のあり方に従わなかった時点で他に邪悪な企みや目的があったということを直ちに意味するものである。
尤も、あのような内容をBMIで仕込んで書き急がせている時点で貶める気満々であったと云わざるを得ない。
なお、お問い合わせフォームを無視したことにはもう一つ理由があった。それは、後々証拠が残らないようにすることであった。というのは、このフォームでは書き込んだ者の「足跡」つまりIPやOSなどのメタが必ず残るようになっているのである。これはWordpressの仕様に準拠したプログラムを使用しているためである。これらをすり抜けようとしている時点で疚しさ満点なのであり、犯罪者の行動であるといえる。

当時はまだ偽被害者どもの正体を見抜けておらず、奴らによって的ずらしされた情報がまかり通っていたことも問題であった。
これらも敵一味の側に有利に働いたことは厳然たる事実であり、創価や公安のせいにして逃げおおすことで真の画策者に矛先が向かないようにしている連中に敵一味が誘導していたこともほぼ間違いない。
おかしいと思って調べているところへ斯様の偽情報をぶつけられて誘導され、引っ掛かった者は統失呼ばわりされるシステムになっていたのである。

しかし、問題のブログこそ閉鎖することにはなったが、ツイッターアカウントや他のブログ・サイトはどうにか死守した。
更に、この男は偽名を使い、ウソで私を脅していた。
偽名であることは、後に判明している。
しかも、自分は偽名を使っておいて私には本名で謝罪文を掲載させようとしたのである。
これはその意図を見抜きそのようにはしなかったが、するとすぐさま電話で食って掛かるという所業に出たのだ。
これだけ取ってもこの要求が非常に邪悪な意図に満ちたものであったことがわかる。
つまり、本名を晒させることで徹底的に貶めることにあったのであり、奴らの目的は社会的抹殺であったことになる。

この事件が惹起した時は、真実の追究は動き出していたもののまだ完全には真実をつかめたとはいえない状態であり、「宗門=敵」という真実にもたどり着いていなかった。
この事件の狙いは、私が敵の正体を掴みきってしまわないうちに脅迫で丸め込んで再洗脳し、真実がわからないうちに皆で言いくるめて精神科⇒抹殺に追い込んでしまおうとしたことにあったのだ。

工作員の男は、通称龍神ひろしの名でブログを持っている。
ただし、現在は殆ど更新を停止している。
龍神は、事件の翌日ツイッター上で平然と私のことを統失呼ばわりするという暴挙に及んでいるが、これが日蓮正宗側の狙いを如実に表している。
やはり精神病扱いして精神科にぶち込み抹殺するのが宗門側の狙いだったのだ。

しかし、偽名を使っていたことがわかり文書は無効であることが判明。
翌月から再び被害をツイッター上に記すとともに更なる真相の究明に奮迅することとなった。
その後、問題のブログは内容に大きな誤謬があること、それが宗門側によって仕込まれたものであることが判明し、その稿は用いないこととなった。

この迫害&引き戻し策動、さらにはBMIによる心理操作によってもなお宗門に戻ろうとしない私に対して、敵は自分たちの所業である風評工作や離間工作をネタにして、しかも創価をデコイにして創価がやったという主張をし、これによって見直しをさせようという暴挙に及んだ。
しかし、これは程無く見破られ同年9月22日付にて宗門からの脱退を確定した。

だが、脱退のための正式な手続は押し止められたまま時が流れ、龍神からの一方的な電話。
しかし、宗門がキリスト教の下僕であることを私が指摘すると返答に詰まり、逃走したのである。自分で吹っかけてきておきながら。
その後この工作員をロックアウトし、ツイッターアカウントも一新したことにより、有害でしかないコネクションは切れることとなった。

結局、正式手続が執り行われたのはその後年が変わって2016年の2月のことであった。
脱退通告を封書で送った上で、本尊や過去帳、御書などを小包で送り返し、残余の書籍は市の回収に出した。
しかし、市が回収するべきこれら書籍ゴミは、回収が来る前に何者かに持ち去られてしまったのだ。
しかも、一緒に出していたダンボールは置き去りになっていた。
また市内の他所で当日に持ち去りは確認されていない。
つまり、書籍を持ち去ったのは宗門側の人間であろうというのが専らの推定になる。

この手続のあとに、一番厄介なものが残っていた。
生活環境の整備を妨げるような大きな仏壇である。
しかもこれは自分で買ったものではなく、講幹部から押し付けられたものであった。
近くの仏壇屋は、全く話にならなかった。
だが、市の回収で安価に処理してくれるということで、粗大ゴミとして回収してもらうことが出来た。
この時点で、脱退決定から1年2ヶ月が経過していた。
跡地については就寝スペースとして整備し、居室と併せてカーペットを新調し綺麗に整備されて今日に至る。

その後、偽被害者どもの正体が判明するに至り、斯様の者どもはブロックで追い出すこととなっている。
奴らは、一様に創価学会による集団ストーカーなどと主張し、その創価の親玉については一切触れないという御用振りであった。
従って、今日においては創価や公安は真の画策者を隠蔽するために用意されたデコイであると見抜き、当時の主張は破棄されていることに注意してもらいたい。

最初からよく調べて郵送で手続していれば、このような惨劇には恐らくならなかったであろう。
しかし、一連の軋轢や迫害は日蓮正宗という宗教の独善性、全体主義体質そして意に沿わないものへの不寛容さそして不都合者を平然と抹殺する邪悪な宗教であることを如実に示す結果となったのである。

敵一味は、今日に至ってもなお引き戻しと再洗脳のたくらみに余念が無い有様だ。
その目的としては、実在しない「仏」を立てることでその邪悪なたくらみを隠蔽し、抹殺を企んでいるとは思われないままに抹殺を成し遂げたかったということだろう。
しかし、それは最早不可能である。
そもそも神も仏も、罰も罪障も実際には存在しないものであり、そのようなものを騙って不幸を作り出し、殊更に搾取して力を奪い支配しようとしていることが既に明らかになっているからである。

【追記】
後年、この工作員「龍神ひろし」がウソを使って脅していたことが発覚しており、宗務院録事でも証明されている。
龍神はウソで脅したのみならず、自分の境涯をもウソで着飾っていた。
付き合っている女などいもしないのに事前の口裏合わせでいることにして殊更に私の境涯を貶める侮辱発言までかましていたのである。
更に、こいつと連携している法悦院の女工作員も一般人に偽装して裏で口裏合わせした内容の書き込みをして私を釣ろうとしていたのである。しかもプロフ写真に当人とは解りにくいものを使うなどきわめて悪質である。正体がわかっていれば突っかかっていくことはない訳で、人を何だと思っているのか。龍神の境涯粉飾に、こいつも協力しており引っ掛け事件でも事前に口裏合わせした台本に従って引っ掛けツイートしており、更にはウソで脅威を感じさせるなどきわめて邪悪である。
「龍神に彼女」がウソだとわかっていれば引っ掛かるわけはないのだが、ここでも遠隔洗脳操作が絡んでおり取る必要の無い対応を強要されるなど極めて邪悪である。
龍神のツイッターアカウントを冷静に分析すれば女などいないに決まっていることが鮮明に浮かび上がるわけであるが、敵宗門は冷静な分析をさせずウソに引っ掛けさせるためにこいつと連携して遠隔洗脳操作を行っていたのである。
このような宗教団体を断じて許すわけには行かず、何としてもファシズム教団・日蓮正宗を撲滅し法華講を殲滅しなければならない。

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敵の正体?

回顧録ブログの初版に当たる初代「シングスピールの回顧録」を始めた時にはまだ真の敵の正体が見えていなかった。
そのため、敵一味が流した虚偽の見解がまかり通り回顧録を覆い尽くしていたのであるが、その虚偽情報は敵一味が行為者の正体を隠し、その主体である宗門の信仰につなぎ止めておくために汚い手段で流して洗脳したものだった。
それは二代同名ブログのときにも同じであり、そのことを考えると敵一味が自ら流した虚偽情報であると知りながら書かせていたものであると云えるものであり、行為者の正体をスリカエて宗門(特に宗務院や末寺)に矛先を向けさせないようにするとともにスリカエたターゲットを叩かせることでガス抜きを行い脱退を防ぐように敵一味はしていたのである。
そしてそれに反して筆者が宗門からの脱退に踏み切ると、これをネタに大人数で押し掛けてきて脅迫を行いブログの閉鎖をさせるという暴挙に及んだのであった。

当時の目下の敵は門外漢女であったが、確かにこの門外漢女がなしてきたこと自体は十分に悪魔の所業であると云えるものである。
現在ではこの門外漢女は敵宗門のエージェントであると見切っているが、そう認定するに十分な悪業の数々ではある。
例えば根掘り葉掘りの件、誤魔化してまでしゃべらせようとする手口は同じく創価側のエージェントである千ラシ裏女にも共通するものである。
しかし、それだけのことが起きるには相当の謀略が無ければ成り立たない。

この犯罪は当初、創価学会広宣部によると見られていたが、実はそうではなかった。
創価学会広宣部は存在するが、そもそもこの組織は顕正会対策として組織されたものであり、顕正会と何の関係も無い私には当てはまらない可能性が高く、テクノロジー犯罪や嫌がらせ犯罪の部署は別に存在していると見られる。そもそも一連の犯罪を主導していたのはどうも創価学会ではないように見える。
そもそも創価学会自体が日蓮正宗の傘下団体であり、別働部隊であること・主体性を持たないことを考えると主導していたのは敵宗門ではないかという見解にたどり着いている。
仮に創価学会がこの犯罪に関与していたとしたところで主体性が無いのだから親玉である敵宗門の主導であると考えるのが現在では自然であるといえる。
創価学会広宣部の存在が、矛先を向けさせるために、そして犯罪主体をスリカエて宗門の悪事を隠蔽するために利用されているものであるといえる。
今でも創価広宣部が電磁波犯罪の主体であるかのような喧伝をしてあたかも宗門は関与していないかのような主張をしているサイトがあるが、そのようなサイトは間違いなくヒモ付きであり、宗門側の工作員であるといわねばならない。
現にヒモ付き陰謀論者の中には敵宗門の主張を鵜呑みにして「日蓮正宗こそ最高最勝の宗教だから迫害を受ける」などとのたまっている輩がいるが、カルトを持ち上げる辺り典型的なヒモ付き・偽陰謀論者であると言わねばなるまい。

なお、この犯罪は実地でのモラルハラスメントや離間工作とテクノロジー犯罪(通称汚い手段)による洗脳操作を組み合わせて行われた一大組織犯罪であることがわかっている。

30余年に亘るマインドコントロールから脱するのはさすがに容易ではなく、敵はその発覚に対して大掛かりなマインドコントロール事犯の報復を以ってこれに応えたのである
何の理由もなくターゲットにされ、いわれなき攻撃を受け、物心が付くか付かないかの頃からマインドコントロールを施され、そして今日に至るまで印象操作によって貶められてきたのである。
島流し時代もそれ以前も、周囲が見ていたのは元来の姿ではない、印象操作によって貶められた姿に過ぎないのである。
その意味において、私の真実の姿、元来の姿を見た者は誰もいないと云える。
殆どの者は、敵によって印象操作された姿、つまり存在しない幻影を見ているに過ぎないのだ。

門外漢や千ラシ裏女の件も含め、すべては敵一味である宗創医連合軍の所業である。
その総仕上げとも云えるのが、2013年の賠償金簒奪事件+行き倒れ策動の複合体であると云える。
この時は大いなる巻き返しのチャンスであるといえたが、敵はそれを「バイク」によってすべてスリカエてあらゆる好機を押し止め、しかも行き倒れ策動に引き込んで二度と戻ることのできない境涯に貶めたのである。
この時出来たはずのもの、解放聖戦による負債の圧縮も機材の拡充もそして行けたはずの遠征までもすべて押し止め、カネはすべてバイクによってはたかされたのであった。
解放聖戦による負債の圧縮も機材の拡充もそして叶ったはずの移住も、すべては敵によって押し止められたのだ!
無論、これらの物事が筆者の頭の中に無かった訳ではない。
しかしながら、敵は極めて強力なマインドコントロールによってすべてを「バイク」にすり替え、それらをすべて押し流してしまったのである。
これらの物事は、すべて敵にとっては都合が悪いものであったが故に押し止める対象となり、それぞれに尤もらしい理由を付けさせて納得させるなどという許されざる手口に出たのである。
公明党バイク議連なるものがあることに鑑みても、やはり「バイク」が敵一味・宗創医連合軍の都合に沿った刷り込みであったことが明らかである。
敵は、それらが判ってしまうことを恐れていたが故に、契約を成立させることを殊の外急いだのである。
成立した後であれば、それが判ってしまっても後の祭り、ザマーミロ!ということなのだ。
人には非ざる悪辣さ、まさしく悪魔の所業に他ならない。

では、あのときにするべきだったことを列記する。
・解放聖戦の負債を圧縮すること
・早く会社を辞めること
・早く関東外に移住すること
しかし、バイクを買わせるだけでは、これらを「すべて」押し止めることは困難であったはずである。
そこで、敵は行き倒れ策動を含む複合的なマインドコントロールを組み合わせて、これらを押し止めたのだ。
そして、その上で計画を汚い手段で書き換え、以って身の丈に合わない車種を選ばせるように仕向けて、そして「走らせる」ことだけに関心を向けさせたのであった。何もバイクを買ったからといって無理に走りに行く必要までは無く、それをさせたのは後述のすぐに売らせて必要も無いクルマに乗り換えさせるための布石であったのである。
この策動は、後に医師の交替のタイミングとセットで仕組まれ、意図的にフェードアウトさせるように仕向けていたことがわかっている。
この策略は、後に(敵側で)予定していた人工透析転落の際に腎臓を悪くするクスリの存在に気付かせず、フェードアウトが無ければ助かったかもしれない的なスリカエをして自らの悪業を隠蔽するためのものだったのである。
フェードアウトもしていないのに急に腎臓が悪くなった、となっては医者の側が疑われてしまいそこからボロが出て陰謀の全容が暴かれる(敵にとっての)危険性があったからである。
つまり、腎臓を悪くするための薬を処方していたことがわかってしまい、なお且つ急激な悪化が前もって判明すればそれに合わせて先の見通しを組まれてしまうからである。それでは予定していた交際類似事犯絡みの策動が実行できない。つまりバイクに乗ったままでは策動のレールに乗せられない。だから心理操作を行ったのだ。

その後、バイクを処分してはたかされた金員の一部、約42万円が還ってきたのであったが、金員の余裕がよほど気に入らないためか敵宗門は交際類似事犯を惹起させ、これをネタに殊更にはたかされ、入院の際にはほとんど余裕は残っていない有様だったのだ。
ところが、この一件は殊更にハタカセて無一文にするための悪辣な誘導だったことが判明している。
つまり、端緒となった酷い疲れは腎臓の悪化によるものであり体力が落ちたためのものではなかった。つまり、仮に人工透析になったとしてもバイクに乗り続けることには支障が無かったことになる。このことは後に体力をだいぶ戻すことが出来ていることで証明されている。
ところが、そこを敵は巧妙にスリカエて腎臓の悪化にはあくまで気付かせないようにしていたのである。気付かれてはその後に予定していた策動が全て水の泡になってしまうからだ。
それほどまでに金員の余裕がマインドコントロールにとっては大変に都合が悪いということなのだ。
金員に余裕があればマインドコントロールの影響はそこまで受けずに冷静な判断ができるということなのだ。
また、バイク売却の頃に金銭的な行き詰まりがあったのであるが、それも敵の操作によるくだらない無駄使いが原因であり、どうにか乗り越えようとすれば乗り越えられる程度のものであったが、これまた敵の心理操作によって楽な方向へ楽な方向へと流されたことが大きな不祥事の原因であったのである。
これらのことを考えると如何なる経緯があったとしても一度買ったバイクには乗れる限り乗り続けるべきであったのであり、そこで売ってしまったのは大きな間違いであったということになる。
この過ちが無ければ少なくとも15年春までは乗り続けることが出来た計算になるのである。
なお、現在でも金員にそれほどの余裕がある訳ではないが、生活の改善などによってイニシャルコストの圧縮に成功しており、生活を立て直すための各種整備も終了しているので今後は金員に余裕を持って運営することが十分に可能となっている。

かくして人工透析転落前夜の頃、寺ぐるみの交際類似事犯が惹き起こされた。
その日、私は自分のカネで寺まで来ており、勿論自力で帰るつもりでいた。
しかし、当時の班長だった男は断る私を無理に引き止めて、その女が待つ班長の車に引きずり込んだのであった。
その後お会式が終わるとこの女は疎遠になり、後に班長の男にこの件を追及すると的を得ない誤魔化しに終始し話にならなかった。
この交際類似事犯は明らかに上からの指示によって惹き起こされたものであり、無惨な現実に目を向けさせないで無駄な希望を持たせてこれをネタに煽って振り回した挙句に言い訳にならない詭弁で誤魔化し、すべてを被害者である私のほうにスリカエて惹起者を擁護したものである。惹起者を擁護したことこそが、この事件、及び門外漢女の事件が寺ぐるみ、宗門ぐるみで惹き起こされたものである証左だ。

人工透析に陥った後も講員どもは宗門側の言いつけである「本人に知らせてはいけない」を忠実に守りつつ、安心できるウソで私を騙し続け引止めを謀ったが、あまりにも無惨な現実に私が気付いたことでそれは崩壊したのである。かくして2014年8月を最後にこのカルト寺院への参詣を停止し、宗教問題まで含めた「聖域無き見直し」が始まったのである。
4ヶ月あまりにも及ぶ見直しの結果、鉄道趣味を破却して宗門からの脱退を果たすこととなり、敵一味による引き止めの企みは無惨にも崩壊したのである。

敵は今なお引き戻し策動や印象操作などの嫌がらせや仕向け行為に余念がないようである。
しかし、それによって主権回復を押し止めることは決して許されない!
俺は宗創医連合軍を、エージェントや見下した連中どもを絶対に許さない!

なお、現在一家ではバイクについては全くの禁止ではなく、身の丈(経済状況)に合ったものであって乗ること及び維持することが可能であれば実用品として用いていいとしている。
鉄道趣味については引き続き、全面的に差し止めとしている。

この記事は、2014年2月3日に書かれた原記事を元に現在までに判明している事実関係等を反映して再筆させていただきました。

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両寺院における、本当の真相 その1

忌まわしき敵宗門に引きずり込まれたのは2003年9月のことであった。
現在途中まで公開している回顧録は、今のところその手前のところで止まっている。
先の記事でも書いたように宗門と創価は裏で繋がっているので、この連合軍が私に対する全てのハラスメントを画策し、行ってきたものということになる。
除名にしたモラ母が創価学会に関わったことが全ての原因の始まりであるといえる。
今でも宗創は一体だが当時は名実共にであったので、恐らくそれが全ての始まりであったといえる。
1988年にモラ母が死んだことで、一旦は宗教から足を洗うこととなったのだが、これも曰くつきであり、決して評価は出来ない。やはり自分の意思で自分から足を洗ってこそ真の自立であるといえるのではないか。
そうでなかった故に、後年に至るまで敵の思うがままとなってしまい、今日の不幸に繋がっている。

これまでに惹き起こされた全てのハラスメント、交際事犯、裏切り、争いごと、一家離散と孤立化、そして全ての運命操作が宗創をはじめとする敵一味によって画策され、惹き起こされたものである。
それには裏に回っての根回しや風評の流布、無線技術・脳波技術を悪用したテクノロジー犯罪による感情操作などありとあらゆる手段が使われてきたのである。

忌まわしき宗門に引きずり込まれる数年前から、敵はさまざまな策略によって人生には不要なものを捩じ込み、或いは焚き付けることによって経済的圧迫や本来とは違う人格の演出などを行っていた。
回顧録にもあるように風俗地獄への誘導、「バイク」の捩じ込みや「鉄道趣味」の焚き付けなどを敵は行い、「その日」に備えていたのだ。

かくして2003年8月、敵の捩じ込みによって「鉄道趣味」のせいによる「関西遠征」に行かされることとなったのであるが、ここに敵はとんでもない罠を仕組んでいたのである。
他ならぬ石之坊講員、岩下を敵はその帰路に送り込んできたのだ。
本件は明らかに宗創一体の謀略であり、真実の追究を決定的に遠ざけるべくその総仕上げとして宗門寺院に引きずり込み、宗教の教義でもって目暗ましとし、自分たちのしてきたことに気付かせないままで決定的な不幸に陥れようとしたのである。

2003年9月に石之坊に足を運ばされた(間違っても自ら足を運んだのではない。敵の誘導による罠であり本意ではない故にこの表現を用いるのが正しい。)訳であるが、その日から敵はおかしかったのだ。
敵連中は、確認をさせないようにあれよあれよの間にコトを進めて、気が付いたときには本尊下付まで行っていたのである、これが真相である。
私はあくまで話を聞くだけのつもりであり、そこまでは考えていなかったのである。
では確認をすればいいではないかというかも知れんが、そもそもそそくさと話を進めたのみならず、それに抵抗をさせないように感情操作を行い精神誘導をしていたのであるから、当たらない。
そもそも敵は確認をしない、させないようにそのような癖をつけさせないようにしていたので、確認するということ自体が不可能であったということになる。
なぜなら、確認をされては早々に「安心できるウソ」のボロが出てしまい、引きずり込めなくなってしまうからである。

こうして自宗に私を引きずり込んだ敵は、都合の良い誘導を長い年月に亘って行い不幸を決定付けるべく、悪辣な策謀を次々と実行に移していくのである。

敵がまず行ったのは、信心の名の下に当家の経済を破壊し、金銭的余裕を与えないようにすることであった。その狙いについては後述する。
石之坊(講頭)は入信させた9月だけで三度も遠路本山まで半ば強制的に参詣させ、約4万円もの経済的負担を強いたのである。

これによって当家の経済は崩壊した。そこへ以って敵に強要されていた「鉄道趣味」による経済的負担が重なり、台所は火の車となりその日暮らしを強いられることとなったのである。

その狙いは、筆者を敵一味があらかじめ取り決めていた誘導先に誘導し、そこから抜けられないようにすることであった。
この誘導先とは、狭義にはこの薄汚い辺境の地のことであるが、取り決められた誘導先はそれだけではなかった。
つまり、どこの土地に誘導しどこの寺院に移籍させ、そして何の病気にかからせてどこの病院に誘導してそこに縛り付けるということまであらかじめ決められていたのである。
この取り決めをしたのは、坊ではなく(医療利権精力を含む)一味の実務レベルのトップクラスの連中ということになる。

このような情勢となっていた翌年、坊に新たな工作員が入ってきた。
通称門外漢女である。この通称は当方で付けた物であるが、知りもしないで人の生活に土足で踏み込んであれこれ注文をつけた門外漢、という意味でつけられたものである。
この工作員の真の任務は、徒に近づかせて「根掘り葉掘り」を行わせること、そしてそれによって意図的にミスリードをすること、そして自らが目立ち矢面に立つことであとでハラスメントが発覚してもハラスメントを行う者の正体(宗門をはじめとする敵一味であるということ)を隠蔽し、この女が主導しているかのように思い込ませることにあった。
この者の入信の経緯を不審に感じたことがあったが、工作員として白羽の矢を立てたのは石之坊住職であるので、入信の経緯は大して問題にならない。

そして敵一味が仕掛けたのが「自動二輪圧殺の演出」と「予定していた誘導先の土地への誘導」であった。
門外漢女が惹き起こした事件のひとつに「デジタル一眼スキャンダル」があるが、そもそも鉄道趣味の焚き付けが無ければデジタル一眼など必要なかったのであり、全ては敵一味による大掛かりな策謀の一部に過ぎないということである。
門外漢女は、筆者が撤回をしない程度に「反対する振り」をすることで反発心を起こさせ、以ってこの薄汚い辺境の地への誘導に寄与したのである。
そして、全ての誘導が完了すると門外漢女は疎遠になったのである。所詮は謀略のために近づいたに過ぎないということであり、典型的交際類似事犯であるといえる。

門外漢女は、全体から見れば単なる最下級のザコに過ぎず、単なる一工作員に過ぎない。
敵は最下級の雑魚を叩かせることで親玉の寺ぐるみがばれないように取り計らったものであり、ボスである宗門一味の関与を隠蔽し、宗門に縛り付けておけるようにするために最下級のザコに責任をスリカエたということである。

敵一味は、あくまで真実の追究から遠ざけるために宗門に引きずり込んだのであって、幸せに導くつもりも無ければ(その力も無いがな)、熱心に信心に励ませるつもりも無かったのである。

こうしてスリカエに成功した敵一味は、あれよあれよの間にさまざまな策謀によって筆者を決定的に不幸に貶める工作を行っていったのである。

この間には、抗がん剤による父の毒殺、その後の離間工作による一家離散といったものが行われたが、この坊において惹起した大型事件が二つある。

ひとつは「石の湯事件」である。これについては後述する。
もうひとつが、2007年惹起の「受付恫喝事件」である。
これは、単に坊の規模にとどまらない大規模かつ大掛かりな謀略事件であり、敵一味総出で行われたハラスメント事件である。
これは、「デジタル一眼スキャンダル」による産物のカメラを処分しようとしたことに絡んで感情操作を行い、売却の必要の無い機材まで売らせしかも不要かつ高価な社外品を買わせたことによる資金の枯渇により資金をはたかせ、以って帰りのバス代を確保するのがやっとの状況に追い込んでおきながら、支部総会の受付で供養が出せないことに対して恫喝を行わせたものである。なお、問題のカメラ店も敵一味のヒモ付きであったことが後年に発覚し、取引禁止処分となっている。問題のカメラ店は、敵の精神的誘導によってこのとき初めて足を運ばされたものであった。
したがって、この事件も単に受付の講員による個人的犯行では決してなく、恫喝を行うように何者からか指示が出ていたものである。

一方の2008年惹起の「石の湯事件」に筆者は関わってない。
この事件は、ネットのSNSに絡んで運営者の講員を焚き付けておきながらそこにケチをつけさせ、以って当該講員をスケープゴートにして、かつ2005年に就任していた当時の講頭を辞任に追い込んだものである。
この事件が起こされた理由は、特段筆者と関わりのあるものではないが、やはり住職の意に沿わぬ者を放逐したかったということではないかと思われる。
逆説的に言えば、住職と関係の深い人物が講頭でないと都合が悪いために惹き起こされたということではないかと思われる。それだけにしてはずいぶんと大掛かりなことをしでかしたものである。
この事件自体、特段筆者は勿論のこと門外漢女の利害にも特段関わりのあるものではなかったが、この事件が後になって門外漢女に全てをなすりつけスリカエるために利用されることになるのである。
利害には関わりが無かったようだが、門外漢女はこの事件で体制側に付き、紹介者である当時の講頭(辞任の後移籍)と決裂したようである。
私には関係ないが、仕事で使ってもらっていながらこの手のひらの返しようには開いた口が塞がらない。
なお、後に講頭に復帰した山崎某は「私は知らない」と白を切っていたが、体制ぐるみで行われたものを知らないはずは無く、詳細は不明だが何らかの形で事件の惹起に関わっていたのではないかと考えるのが自然である。

石の湯事件以降、筆者は急速に講の中で孤立するようになったが、それも狙いの一つだったのではないか。
つまり、もうひとつの「誘導先」である「地元寺院」への誘導を敵一味は本格化させたということだろう。

このころになると、父を宗教に引きずり込んだ大塚という男が、自分の担当地域でもない筆者の元をたびたび訪れるようになる。
一方で本来の管轄であった北関東地区の幹部は一度も来なかった。
これには理由があったのである。
つまり、大塚が勝手に行ったことではなく、坊サイドの指示によるものだということである。
恐らく、坊自称幹部「龍神ひろし」(阿見在住で北関東エリアに該当)が、この時点で既にエリア責任者だったということなのではないか(あくまで推定ではあるが)。

石の湯事件のあと、石之坊ではネットが禁止となっていたが、この龍神ひろしはこの当時からブログをやっているのが確認されている。これは明らかなダブルスタンダードであり、片方でネット禁止を標榜しておきながら龍神ひろしにはネットをやらせているということになる。
どこまでもご都合主義なのである。
これでは到底創価のことなど言えた義理ではなかろう。同じ穴の狢である。

僧侶の序列は厳しく、より上位の僧侶が指示しないことを勝手に出来るほど甘くは無いことを考えると全ては宗門ぐるみだったということになろうか。
つまり全てのハラスメントや交際事犯など、宗門寺院において惹起したことは全て宗門上層部の指示、ということになる。

2009年1月には思いつきで参詣したところ住職夫人から一方的に罵倒され、思わず寺を飛び出したという事件もあった。これはいきなり行っても「登山」(要するに大本尊内拝)はできない、ということを私は承知でいったのだが、にもかかわらず罵倒されたというものである。
やはり、罵倒させるために参詣を思いつかせた精神操作だったのではないだろうか。
テクノロジー犯罪の犯人は宗門側だ。

そして8月。
仕方なく続けていた仕事が行き詰まり(これも一味の策謀が絡んでいる)、私は出直しを決意したのだがここで感情操作が行われ、向かってはいけない寺のほうに向かわされたのである。
2009年9月13日。
8ヶ月ぶりに参詣した私の目に、信じがたい光景が飛び込んできた。
坊玄関前に、明らかに新入と思しき若い講員数名がたむろしており、その中の一人が
「てめえから挨拶してこいってんだ!」
などと恫喝してきたのである。
もちろんそれに応じる訳など無いが、私の記憶違いでなければ、それが龍神ひろしだったのである。
奴の本名については既にネットで拡散されているのでここでは割愛する。

普通であればそこで気付いてもよさそうなものであったのだが、敵一味の洗脳の影響下にあったことでそれが妨げられたという経緯がある。

翌月も足を運ばされたが、さすがに失望を隠しきれず、足が遠のくこととなった。
その後、11月に大塚が電話口で「日払いで働け」などと恫喝してくるという事件があったが、既に公的制度を利用する手立てを済ませていたので実害は無かった。実害こそ無かったが、この一件は石之坊から心が離れるには十分すぎる決定打となった。

その後、敵一味によって就業への動きを押し止められているうちに時は流れ、約半年後の2010年4月に事態が動き出す。
石之坊からの脱退を一家で決定したのだ。
そして、石之坊の講頭に復帰していた山崎との間で激しい戦闘が行われた。
電話口での戦闘において、山崎は「お前のためを思って言ったんだろうが!」という趣旨の暴言にまで及ぶという事態となり、完全に敵対者としての本性を露呈したのであった。

話し合いの要求に対して、敵側は4月10日を指定してきた。
これには目的があった。
敵側の意図に反してそのままフェードアウト(宗門から完全に脱退すること)することを妨げる狙いである。
指定日の翌日は、敵宗門の寺院で「御講」が行われる日であった。
日にちを置かないことによって、考える時間を奪い意図に反してそのまま宗門から離れることを妨げたのである。
敵側の意図とは、「地元寺院」つまり法悦院に移籍させるということである。
それが証拠に、住職・山根は一方的に法悦院を移籍先に指定してきたのである。
当方には、そのような意図は無く、その後については何も決めてなかったというのが真相である。
当方は、当日に門外漢女を話し合いの席に同席させることを要求したが、当日に来訪予定があったにもかかわらずこれに応じなかったのだ。
応じなかった理由は二つ。
一つは、話し合いに同席させることによって激しい非難に直接さらされる事態を防ぐため。
山崎ですら手を焼く相手を同席させたらどうなるか。
そこでポロッといかれては困るということだったのだろう。
要するに、実行犯を寺ぐるみで守ったということだ。
もう一つは、疑念を解決させないことによって引き続き、門外漢女の存在を寺ぐるみ関与の隠蔽とハラスメントに利用し続けるためである。
1時間の予定だったが、話し合いは20分で終わった。ほぼ一方的な侭で。

なお、門外漢女は2010年4月に横浜地区の地区長に任命されている。
龍神ひろしの虚言癖から云って、今でもその地位にあるものと思われる。
いずれにしても、長年寺ぐるみの工作に貢献してきたことに対する褒美として地区長の椅子を与えられたのではないか。
対照的に龍神ひろしは入信してそれほど経たずに地区長になっているが、新規の任命であり(前任者が無いという意味)、人材不足から起用され、その後精鋭工作員としての教育を受けたのではなかろうか。
その時期は2008年から翌09年の前半にかけてということになる。
玄関口恫喝事件の時点で既に精鋭としての本性を見せていたことからそのように推定する。
しかし、どこまでも宗門の意向に忠実な工作員という意味ではなんらその本質は変わりが無い。
ともに傘下のカルトからの転籍であり、工作にはもってこいの人材であったということである。

長くなったが、以上が石之坊における大まかな真相である。

両寺院の者による押し掛け事件が惹起したのは、その約5年後、筆者が宗門を脱退した後のことである。
内容に問題があるのであれば、なぜ宗門在籍中にやらなかったのか。
それは、筆者が宗門に籍を置く限りにおいては隠蔽のためにその敵一味が刷り込んだウソでたらめを利用し続けなければならなかったからだ。
そうでなければ、ウェブ上での連絡も可能な状態であった故、そこに連絡して訂正を要求すればよかっただけの話である。
もちろん、弾圧惹起の時点でもメールフォームが生きていたので同じことが言えたはずである。
ところが、敵講員どもはその手段を「あ・え・て」取らなかったのだ。
つまり、ワザと怒らせて罪悪感を植えつけることでそのまま言いくるめて敵宗門に引き戻し、皆で言いくるめて精神科に放り込み抹殺することが目的だったのだ。
正しいことをしているはずの団体が、なぜ苦情を潰して人格ごと抹殺するようなことをしているのか。
苦情が表沙汰になっては布教が立ち行かないほど、悪いことをしてきた団体だということだ。
近年だけの話ではない、日興以来の捏造カルトだったということである。
それが故に、10年と経たないうちに日向に取って代わられて久遠寺を退出しなければならなかったのだ。
日興は異端だったのである。
その辺については、信頼できるサイトに詳しく掲載されている通りである。

「迫害されてきた」は、それこそウソでたらめだったのである。
実際には、敵宗門こそが異論を迫害し続けてきた団体だったのである。

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重大な真実について

前回の投稿から三ヶ月が空いてしまったが、この間も真実の追究はくまなく進めていた次第である。
宗門が創価等のカルト宗教とグルであった事などは既に明らかにしてきたところであるが、この三ヶ月でまたしても宗門にとって都合の悪い重大な真実が明らかになった。

では、早速今回判明したことについて明らかにしてゆく。

この犯罪の主導者は?

私に対するガスライティング犯罪、テクノロジー犯罪、運命操作を主導してきた者の正体が明らかになった。
この犯罪を主導しているのは、日蓮正宗宗門の宗務院であり、実行犯は鶴丸グループ各宗派に散らばっているものと見られる。
一昨年の秋、私は宗門に対する疑問、特に現証の面からの疑問により、宗教に対する見直しに踏み切った。
これに対し、敵は激しい攻撃をもってこれに応え、更に鉄道趣味を非合法化する決定をしたことに対して、宗教の見直しに対して都合のよい結論を押し付けてきた。これはすぐに破られることとなったが、このことは「宗門からの決別」が誰にとって都合の悪いものであるかを端的に示している。
私をターゲットとした理由、動機などはいまだ不明であるが、真実の追究を押し止めてそこから宗教、自宗への誘導を行っていること、更に真実を追及しようとした私に対する宗門側の仕打ち、両寺院の構成員どもによる迫害・言論圧殺事件などから、この犯罪の主導者を日蓮正宗宗門であると突き止めた。
なお、言論圧殺事件において問題になった内容を刷り込んで書かせたのも、宗門側の意向であり、この犯罪の本質を隠蔽していち構成員になすりつけ追及を免れようとしたものである。
つまり、真実の追及を押し止めたのも、煽りとハタカセの手口も、そのような趣味を押し付けたのも、離間工作も、医療利権への誘導も、全て宗門の意向で行われたということである。
要するに、私は宗門の意向で医療利権に差し出された訳であり、生贄にされたということである。

宗門(隷属時代)における数々の事件の本質

この犯罪においては、以下の要綱に基づいて行われていると思われる。

運命操作によって身近な縁を徹底的に分断し、離間工作等によって孤立化させる。また、新たな縁など作らせないように操作する。
癒しを与えないようにして、怒りやイライラの感情を煽り立て増幅させることによって狂わせてゆく。
些細なことを針小棒大に煽り立て、トラブルや紛争を頻発させて孤立させる。
交際事犯を頻発させ、女というものに対する不信感を植え付けることによって不幸の固定化を行う。

そして敵宗門は、そのことを以って宗門から逃さないようにし、かつ宗門への依存を強めさせようとしていたのである。

11年間で、重大な交際類似事犯が2件惹起しているが、いずれも寺ぐるみによる犯行であり、惹起者個人の勝手な行動ではない。
いずれの事件も、法華講組織によるモラルハラスメントの本質を隠蔽し、それをいち構成員になすりつけて誤魔化すためであり、また自ら広めた悪評を固定化するための謀略によるものであったのである。
2013年の事件は、当時班長を務めていた男が主導して惹き起こされたものであり、そのために断って自力で帰ろうとした私を無理にでも引き止めて、問題の女と一緒に車に乗せるという蛮行に及んでいるのである。
法悦院における悪評は、まさにこの男が勝手に広めたものであり、いわれのないものであった。奴らは、私をモラハラのターゲットとして講員どもの不満のはけ口、サンドバッグとさせることによって講役員や住職などに、強いては宗門に非難の矛先が向かないようにしていたのである。
最終的には、悪事がばれないうちに皆で言いくるめて精神科にぶち込み、抹殺しようとしていたのである。

しかし、私が敵の操作にも拘らずこれを破って脱退の道を選んだことで、奴らの思惑が狂いだした。
宗務院は、私が用意した脱退届けを受け取らず、何とか誤魔化して脱退を押しとどめようとした。
しかし、私が真実の追及をする姿勢を見せたことで、敵は手のひらを返したように数々の仕打ちを行い、両寺院の者による迫害事件に発展している。更に、昨年暮れには「自殺に見せかけて殺してやるぞ」という脅しを例の本山任務者の男から受けてもいる。
その後、正式な脱退の文書を送付し本尊を返したことによって、表向きは姿を現さなくなっているが、近隣の者をけしかけたり人の見ていないところで悪さをするなどして工作を繰り返している。
学会員の可能性もあるが、創価学会はこの事件の加担者ではあっても首謀者ではない。
いずれにしてもそれらの嫌がらせや運命操作は宗門の意向、宗門の命によって行われているのである。

1年ほど前、忌まわしき言論弾圧事件が惹起し、危うく言論という武器を奪われるところであった。
あの日、敵は両寺院の男子部3名を以って家に押しかけてきた。
これに呼応するように、テクノロジー犯罪部隊が怒りの感情を殊更に増幅させ、見境のない状態にされた上取るべきでない行動を取らされ、結果決定的な不利をこうむることとなった。
あの日、くだらない紙切れにさえ反応せずに無視していればあのような手口には引っかかることなど無かった。
敵にしてみれば、なんとしても引っ掛けなければならなかったということであり、そのためにテクノロジー犯罪部隊を頼って怒りの感情を増幅させ、自分たちに向かっていくような行動を取らせるマインドコントロールに及んだと考えるのが自然である。

この事件は、私が真の真実を突き止める前に敵が捩じ込んだ内容を問題にして言論を封じ、これをネタに「戻ったほうがいい」などと言いくるめ、無理にでも引き戻して「皆で言いくるめて精神科」のレールに乗せ、そのまま抹殺しようとした極めて陰湿な事件であった。

このことが物語るものは何か。
つまり、テクノロジー犯罪は宗門の意向で行われているということである。これが明るみに出れば、宗門は崩壊の危機に瀕する。だから、なんとしても隠し通さねばならないのだ。
実際問題、前寺院でこの犯罪のことや陰謀論などについて話すと皆一様に「考えすぎだ」などといわれる有様だったのである。なんとしても「考えすぎだ」ということにしなければ都合が悪い、そういうことなのである。

繰り返すが、創価学会は加担者ではあっても首謀者ではない。
それについては後述する。

その後、真実の追究が進んだことによって問題のブログの内容が確かに間違いであったことを突き止め、これは敵が真の真実を知られないようにするために仕組んだものであったこと、門外漢女がそのために自らが目立つことで注目を引き、批判の矢面に立つことで石之坊サイドに批判の矛先が向かないようにする役割を担っていたいち工作員に過ぎなかったこと、石の湯事件がハラスメントの隠蔽のために利用され、敵が仕組んだ間違った内容につながっていたこと、そして一連のハラスメントがすべて寺ぐるみであり、宗門によって仕組まれたものであったことを突き止めたのである。
もちろん、その間違った内容を捩じ込んだのはテクノロジー犯罪部隊であるから、この部隊は宗門側の意向に沿って動いているということであり、陰謀論系の気まぐれファイルが言うような「創価学会の独自犯罪」ではないということである。

敵は今なお、運命操作によって孤立化の固定化を行うことに余念がない。
ここまで孤立化の維持に腐心せねばならないのは、私が宗門にとって不都合な真実をたくさん知っているからであり、それが広まっては困るからである。
今宗門にとって最も拙い存在のひとりが、他ならぬ私であるということだ。
敵は、運命操作を連続的に行い揺さぶりをかけることによってこれを現証だ、罰だと脅して引き戻すつもりでいるようだが、そんなカラクリには騙されない。
何故ならそれらは全て敵の運命操作によるものであって、人為的に作られた謀略に過ぎないと見抜いているからである。

創価学会の本質とは?

この点においては、創価学会がその方針をコロコロ変えるところ、カメレオンのように権力にしがみつこうという姿勢から解るように、創価学会というものが、「己の意思」を持たない存在であることがわかると思う。
では、創価学会は誰の意志に基づいて動いているのか?
それは、日蓮正宗宗門である。
つまり、宗門から「キャスティングボートを手離すな」という絶対命令を受けており、そのためにこれまでの主張を曲げて政権に従うという行動になっているということである。
そもそも、創価学会ができたのは日蓮正宗の別働部隊としてであり、クリスチャンである牧口はそのために裏勢力によってリクルーティングされたということである。
創価学会の体質は、宗門のそれの丸写しである。そのため、学会が(宗門の下命によって)惹き起こしてきた事件の一部が明るみに出るようになると、出来レースによって離脱騒動を惹き起こさせ、叱り付ける振りだけして体裁を取り繕っていたのである。しかし、それにも限界があったのと、また別の目的があって、平成2年末からの出来レースによって形の上で「破門したこと」にして追及を逃れようとしたのが破門の本質である。
宗門と創価の両者には、両者を形の上で切り離した上で、下級構成員同士を争わせることによってそれぞれのトップに非難の矛先が向かないようにする狙いがあったのである。こんなことは口が裂けても言えないだろうし、ばれては両組織の存亡にかかわってしまう。だから両者は訳のわからない言い訳でこの「破門」を正当化し、その理由をでっち上げ、或いは信者に教えないなどしたのであろう。
この点についても、両者は終始苦しい言い逃れを以って何とか誤魔化しを図っているのが実情であり、特に宗門は、その何重にも被った化けの皮がはがれそうになって狼狽している、それで各地の工作員を使って言論弾圧にいそしんでいるというのが真相であろう。
埼玉の某寺院が、創価の最高幹部は学会葬、友人葬をしていないとゲロってしまった。
そこには、最高幹部の葬儀がどうしているという、肝心なことが書いていなかった。
つまり、それは絶対に書けない内容なのである。
具体的に言うと、最高幹部の葬儀は宗門の高僧がやっているということになるのではないか。だったら書けない訳だ。

宗門が信者を逃げさせないようにする手口

よく宗教などで、「功徳」だの「罰」という言葉を聞かされた人は多いことと思う。
結論から先に言うと、功徳も罰もそもそも存在しないものである。それらは、信者を逃さないように引き止めや脅しの文句としてでっち上げたものである。
功徳が存在しないことは、私の実体験で証明できる。
人工透析に貶められる直前、私は1日に何時間も祈らされていたが状況は一向によくならず、却って悪化するばかりだったのである。
祈るとかする前に、もっとするべきこと考えるべきことがたくさんあったはずであったが、それは敵の目暗ましによって出来ないように仕向けられていたのだ。
自ら数々のハラスメントや謀略行為を惹き起こしておきながらそれを宿業だ試練だと誤魔化し、しかもこれをネタに「そんなことを書いているから功徳が出ない」などと脅して言論を弾圧していた、これが宗門というものの本質であり正体だ。
しかも功徳などそもそも無いものである事を知りながら、その言い訳作りにしていたというのであればこれは言語道断の所業である。
「悪者は無い物で煽る」という事をツイッターでも度々書いてきたが、まさに「功徳」「罰」などという「無い物」で煽っていたのが宗門であり、これが宗門が悪者である何よりの証左になる。
凡そ神も悪魔も、己の心の外には存在しないものである。しかし、宗教はそれらを心の外にあるということにしてそれをでっち上げ拝ませることによって都合のよい結論に導き、目暗ましをして搾取するのだ。
宗教というものは支配勢力のためにある、支配勢力の手先であり、決して信者の人生を救済するものではないということを、現実を以って知るべきである。
あの忌まわしき言論弾圧の日、敵工作員はブログを消すことを「功徳だ」などと言った。
しかし、あれから功徳らしきことは何一つもないし敵も運命操作をやめるどころかこれをエスカレートさせるばかりの現状である。
このことこそが、功徳など存在しないものであり、功徳めいたものは人為的に起こされたまやかしでしかないということである。
いかなる宗教であっても、それに人を救済する力など持ち合わせたものは無い。
むしろ安心できるウソで人を騙し、自分の人生の手綱を自分では握らせないようにして必要なことをさせずに不幸に貶め、しかもそれをネタにゆすりや脅しで従わせて金を巻き上げる、それが宗教というものの本質なのである。
宗教は支配勢力の手先であり、「的ずらし」「目暗まし」によって真実の追究をさせないためにあるものなのである。

陰謀論者と法華講の関わりについて

創価学会のことを批判しているようでも、その親玉である宗門法華講を批判しないばかりかその悪行には一切触れず、創価学会「だけ」を強調している陰謀論者の輩が多くいる。
これらの者は、巷に多くいる陰謀論者と同じく支配勢力に飼われた輩であり、的ずらしや目暗ましに加担する暗黒の輩である。
中には宗門の宣伝文句とまったく同じに「日蓮正宗こそが最高の宗教である」などとのたまっている陰謀論者もいる有様である。
RKを見て創価を脱会したはいいが、そのまま向こう側の思惑通り法華講に流れている馬鹿者がツイッター上にもいる。また、前寺院にも陰謀論者の信奉者がいたことを考えるとRKと法華講の間には何らかの関わり、密約があると考えるのが普通であり、その点でもRKはヒモ付きであると言わなくてはならない。
創価学会は、日蓮正宗の別働部隊であり、自らが目立つことで批判の矢面に自らが立ち、これによって宗門の悪事を隠蔽する役どころを担っている(ちょうど石之坊における門外漢女が筆者に対して行った役割と同じである)。
また、先述のとおり創価学会自体は自らの意思を持たない存在であり、それを強調することは真の首謀者を隠すことに加担する悪魔の所業なのである。
なお、テクノロジー犯罪の意図的発覚の際に見せられた「気まぐれファイル」というサイトがあるが、このサイトも陰謀論系であり、具体的な手口に触れていないこと、「逃げられない」的なことをほざいていること、くだらない的な、ままごと的な記述に終始していること(これは、テクノロジー犯罪の実際とは大きく乖離したものだ)、日蓮正宗を全く批判していないことをその傍証とする。
つまり、脱退されては困るので正宗批判を含まないサイトに誘導したということであるのだ。

私はかかる宗門の首謀による運命操作を絶対に許さないし、その結果は絶対に受け入れないということ、これら運命操作に対しては手厳しい復讐を以って臨むということをここに宣言するものである。

読者の皆さんにおかれては一日も早く宗教の呪縛から解放されて、くだらない常識にはとらわれず身近な縁を大切にする生き方を取り戻してほしいと願うものである。

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