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自動車利権について 第2幕

二つ前の記事で自動車利権について触れているが、はっきり言って内容がまだまだ足りなかったと存ずる。
そこで本稿では前稿で書けなかったことを中心に綴る。

まずで以って自動車利権の続き
自動車メーカーは税金を殆ど払っていない。
つまりクルマを買っても経済には殆ど貢献しないのだ。
自動車メーカーが税金を払っていない理由は、主たる商売相手が国外である点に起因している。
つまり一部で問題にされている「輸出戻し税」である。
その一方でメーカーは下請けに無茶振りして部品を安く買い叩き、以ってぼろ儲けしている有様だから開いた口が塞がらない。
そして自動車利権はカネの力でメディアを抑えているから都合の悪い事件や事実は決して報道されないし少しでも都合の悪い事項は封印され製品(クルマ)の瑕疵のせいで事故になってしまった人が不当逮捕され叩かれる有様である。アレは自動車利権を守るために無力のドライバーをスケープゴートにしてそこへ矛先を逸らさせているのである。

クルマ社会の弊害

クルマ社会は分断と対立の社会であり、相対的価値観の社会であるといえる。
つまりキリスト教的価値観の社会である。
キリスト教的価値観の社会が総てクルマ社会であるとは限らないが、クルマ社会は個に分断される社会なのでクルマ社会はキリスト教的価値観の社会であるといえる。

ここで少しおさらいをしよう。
クルマ社会は偽天皇(キリスト教支配層の手先)の命令である。
つまりこれは経済面でのNWOと大いに関係がある。
以前にも書いたが、郊外型ショッピングセンターである。
アレはまずクルマで無ければ行けないような所に作られる(一部例外もある)。
大抵は駅や市街地から離れたところに作られていることが、少し考えればわかるだろう。
駅や市街地はかつてコミュニティの中核をなすところであり地域における商業の中心地だった。
NWO勢力はコミュニティを破壊し民衆を分断するために地域の商業を破壊して手先のNWO企業に収奪させたということだろう。

駅から遠く公共交通では行きづらいところにあるのはショッピングセンターだけではない。
それはずばり、職場つまり事業所である。
車で無ければいけないようなところにある事業所が多すぎる。
バスが出ていればまだしも、バスすらないケースも非常に多いのだ。
公共交通を衰退させることが耶蘇支配層つまり天皇や官僚の意向であることは明らかである。
しかし、それはメディアスレーブの民衆がクルマ社会を選んでしまったことによって生じているのだ。
メディアスレーブどもがメディアに踊らされて車に手を出さなければ公共交通の衰退は起きなかったのだ。
いずれにせよ車で無ければ通えないように設定している時点で悪質であり、立派にブラック企業であるといわなければならない。

また、宗教の中には意図的に公共交通ではたどり着けないようなところに寺院や教会を置いている宗派がある。
総本山でも電車で行ける宗派がある一方、末寺を意図して辺鄙なところに置いている伝統偽装カルト宗教がある。
そのような宗派は自動車利権の太鼓持ちだから信仰するに値しない。
しかもカネを叩かなければたどり着けない(始発のバスでも間に合わない)ような時間に御講を設定するなどする悪質な寺院もある。
それは信心を試しているとは言わないし、悪質な経済破壊行為だろう。

相対的価値観という観点から言うと、クルマを持つ者と持たざる者の間に格差を生むのがクルマ社会だ。
更に、高い車と安い車、新車と古ぼけた車の間でも格差が生じる。
そしてそれを比べさせて劣等感を煽る構造になっているのである。
劣等感というものはそもそもが安易に他者と比べる相対的価値観から生じるものである。
相対的価値観はキリスト教的価値観のものであり、無用の対抗心と対立を生み出すものである。
クルマ社会にしがみつかされている大きな原因が相対的価値観であることは既に書いたが、明治以降の日本社会はキリスト教的価値観に起因する相対的価値観に毒されていて、その毒が民衆にも深く汚染している。
まずキリスト教的価値観と相対的価値観を捨てなければ変わらないのである。

支配層の手先は雑誌などでクルマを「男女交際に欠かせないもの」として煽り立て、クルマを持たない男など論外であるという煽りによって車を恋愛の道具として持たせようとしており、女性誌でもそのように吹き込んでこれに毒されたメディアスレーブ女どもがクルマを持っていない男を見下ろすなどするようになったため男女分断の大きな原因となっている。
ツイッターでも書いたが、支配層の狙いは男女の分断でありそれはキリスト教的価値観に基くものだ。
このことに全く触れないさゆふらはキリスト教支配勢力側の人間だから信用してはならない。
陰謀論者どもがたれている「支配層の狙いはフリーセックス」は全くの大嘘であり、むしろその真逆なのである。

弊害はまだある。
また、高齢者が車を運転せざるを得ない状況に追い込むのがクルマ社会の毒であるが、メディアはこの点には一切触れない。自動車利権にとって都合が悪いからである。
クルマ社会は高齢者が運転をしなくても済むような社会作りを妨げているのである。
クルマ社会はコミュニティを破壊し、民衆をきわめて小さい単位に分断する。
だから助け合いもしないし他人のことは知らん振りになるのは当然の帰結なのである。
これはキリスト教的価値観とクルマ社会両方の弊害である。
クルマ社会はキリスト教的価値観に民衆を固定する役割を担っていると考えることが出来るといえる。
民衆が出来ることはクルマ社会を捨てて公共交通と地域コミュニティに回帰することである。
つまりクルマ特に自家用車こそが「買ってはいけない」物の代表格であるといえるのである。
仕事で使うならまだしも、マイカーなど庶民の買うものではない。

まずは民衆が自ら進んで公共交通に回帰するべきなのであり、それがクルマ社会にNOを突きつけることにもなるのである。
この際利便性だとかスピードだとかは捨てるべきだろう。

筆者のクルマに関する考え方について

筆者はクルマに関して以下のように考えている。
クルマは収奪装置であり、それを趣味にするなどとんでもないことである。
従って、敵一味の影響による例外を除き世紀が変わって以降は車を保有していないし今後も保有するつもりは無い。
公共交通が無い場合は自転車やバイクで対応できる範囲で行うものとし、クルマの保有は止むに止まれない場合だけにするべきである。仕事などでクルマを使わなくてはならない場合は、利権業者にカネを払わないようにして自分で点検するようにし、今ある車両を長く使い続けるようにするべきである。勿論、次から次へ買い換えるなどもっての外である。
突発的な需要は大抵タクシーかレンタカーで対応できるので、それらを使うべきである。大型荷物は配送してもらえばいい。車でないと運べないようなものをひっきりなしに買っていること自体が異常であるといえる。
買い物や保育園の送り迎えは自転車で対応できるケースが殆どだし、実際に多く見かける。車ありきで考えるべきではない。
したがって、買い物はクルマを保有する理由にはならない。
通学は公共交通と自転車で賄わせるべきであり、送迎などとんでもない話である。
車での送り迎えなど子供を悪しく増長させるだけである。
クルマが無くても、速さや利便性を捨てれば十二分に対応は出来る。
居住地の選定に当たっては公共交通の充実度を重要視し、極度のクルマ社会になっているような地は選定しないものとする。
クルマの保有の有無(特にクルマを持っていないこと)で人を判断するなどもってのほかであり、そのような輩は厭離するべきである。

交通に関する筆者の現在の状況について

筆者は現在クルマもバイクも持っていないが、それで生活が回らないということはないし買い物は自転車で何とかなっている。雨は天気予報などで予めある程度想定できるので、それを見越して行動していれば雨の中買い物に行くことにはならない。
晴天限定ではあるが10キロ程度であれば自転車で足を伸ばせるので、急ぎでなければその程度の距離は自転車である。その点では比較的平坦なこの地の地形は有利ではある。隣のC県ではそうはいかない。
筆者はタクシーの福祉券が貰える資格者なので年に一冊(数十枚)の福祉券が貰え、この福祉券で初乗り運賃分が賄える。主に雨天時や重い荷物のあるときに福祉券でタクシーに乗っている。使用は1回1枚限りで、障害者割引を適用してなお初乗り運賃相当額を超える差額は現金で支払うことになる。

終わり

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バイク戦争犯罪の概略について

バイク戦争犯罪の濫觴は、既に回顧録ブログでも書き出している通り1990年代後半にまで遡る
すなわち、十数年にも及んで行われた大掛かりな人格破壊策動であるということになる
そうだ、全てはつながっているのであって偶然はどこにもないのである
ここでは、その全体像を暴き出し決して風化させないことを目的に書き記す

濫觴

筆者は、元々は乗用車に乗っていた人間であったが、回顧録ブログにもある通り敵(広宣部。以下同じ)の策謀によって1997年にその乗用車が失われたことによってバイク戦争犯罪が始まった
翌年頃から、他人の口を使った「クルマは金食い虫だ」の吹聴が幾度となく繰り返され、バイク戦争犯罪に巻き込むための洗脳策動が始まったのである
99年に原付を使う仕事に誘導されたことで、完全にその軌道に乗せられることになったものであると云える
同年11月に、とりあえずの足として「1号形原付車」が導入されたが、この時点ではそこから先に進むことは無かった

テコ入れ

その後も敵は雑誌やネットなどを駆使して刷り込みや煽動を続けたが、にも拘らず計画の進まないことに相当の苛立ちを募らせていたに違いない
そこで敵が仕掛けたのが、「自動二輪計画」の刷り込みとその圧殺の演出であった
この時点ですでに2005年、計画の開始から8年が経過していたことになる
自動二輪計画もその圧殺も、いずれもが敵によって演出されたものであり典型的なマッチポンプ犯罪である
その後も先記の1号形原付車が稼働していたが、これを電磁波による攻撃によって計画的に故障させることで「バイク」をくすぶらせることにしたのだ
1号形原付車は、その後数年に亘って廃車にもならずに留置されていた
この留置も、敵の意向通りのものでありまさしく「バイク」をくすぶらせるためのものであると云える
当該は購入からほどなく絶版となっており、本来であればこの時点で廃車解体してしまうのが措置としては適当であったと云えるが、それでは煽れなくなるので押し止められたものであった

解放聖戦の最中で

その後09年になって「解放聖戦」が勃発し、その後戦線が石之坊にまで拡大することとなった
聖戦の真っただ中、09年の10月になってやおら、とあるブログ管理者が二輪免許をおっぱじめたのである
よりによって解放聖戦の最中にやりだすというのはただ事ではない
恐らくは敵幹部の指示による操作があったものと推察され、これは劣等感を煽るためにわざわざ後を追わせて読ませたものであると断定している
なお、当該者も創価員を切ったことによって因縁付けされ、以ってマインドコントロールの被害に遭ったものであると見られている
更に、その直後の12月には敵による「自動二輪圧殺」の計画的発覚が実行に移されたことで煽動は決定的となったのである

聖戦終結の後

結局解放聖戦は筆者が石之坊から不当に粛清されるという形で終結を見ている
その後、6月になると突然1号形原付車の復活が浮上し、同月下旬に竣工している
この復活は、現在からみれば全く不適当なものであったと云え、まさしく先述の劣等感を煽るための煽動によってもたらされたといえる
この頃になるとすべてが「バイク」を中心に回るようにされてしまっており、結果本末顛倒の有様が長期に亘って続くことになる
適度な迫害を加え続けることで「自由の闘士気取り」に仕立て上げ、それによってますます振り回し続けるという悪質な愉快犯罪であるということになる

行き倒れ策動の中で

その後、2012年4月には結局自動二輪免許取得に動くことになり翌月に免許の交付を受けている
同年6月には現実的対応として100ccの二輪車を導入し運用を開始している
これは、あくまで当時の情勢による現実的対応であり他者の意向は関係ない
しかし、現実的対応止まりでは不満な敵の策謀によって事故に巻き込まれ、左手首を骨折する14級障害相当の大怪我を負っている
この時巻き込まれたのが代車であったというのもミソである
というより代車に乗っているところを狙った、そういうことになる
結局この事故の解決には1年近い時間がかかっているが、これは不自然に長いものだ
最低でも6か月はかかるのであるが、それ以上は明らかに時間稼ぎであると云える
何のためか?云うまでもなく、洗脳のための時間稼ぎであるということである
それは、賠償金の使途を不当に変えさせるためのものであったということである
そして計画はスリカエられ、仏壇購入計画を押し流す形で全てが「バイク」によって吸い込まれたのである
スリカエの概要は既に131番記事に詳述しているので省略する
更に、この策動に乗じて更なる策動が発動された
それが、行き倒れ策動であった
この行き倒れ策動は、この「バイクの極大化」に乗じてマインドコントロールを行い、薬を外させ血圧を測ることも押し止めてその裏で電磁波犯罪によって血圧を不当に吊り上げて腎機能の破壊を謀ったものである
そして行先は行き倒れか人工透析かという極めて悪質なものであった
そのために、バイク以外のものはすべて押し止められ、計画は実行に移された―
こうして2013年9月21日に筆者は人工透析の身に貶められたのである

悪質なハタカセ

行き倒れ策動の最中、8月にはシステムをキヤノンに戻し活動を再開しているがこの時にはすでに病状が進行しており、敵は既に「先が無い」状態になったことを確認していたはずである
そして行き倒れ策動の発覚直前、敵は「意図的に」洗脳を抜くことにしたのである
こうしてバイクの売却と自家用車の導入が行われることになったが、敵は「自家用車を導入してもすぐに用途を失い金食い虫になる」ことを当初から計算していたのである
その目論見とは何か。それは、「手元にいささかの資金も持たせないこと」にあるのであった
自家用車を持っていれば、それだけで月に2万近いカネがかかるのである
結局6か月で手放したが、それでも10万以上の無駄が出ていたのである
購入額と売却額の差額15万を足せば、実に25万もの無駄が出ていたのである
この他にも、クルマ絡みの不当なハタカセがあり損害額は40万近くにも上る

バイク戦争犯罪の概略は以上であるが、全ては敵側団体の主導で行われておりその組織的攻撃によるものであるということを決して風化させてはならないのである

当家では、先日敵の策謀によって押し流されたものの一つを「倍返し」で奪還を果たすことが出来た
いずれにしても残る3つの奪還闘争に全て倍返しで勝利し、以って正義を顕揚することが肝要であると存ずるものである

(おわり)

この記事は、史実認定の修正により2016.1.30 9:41に修正されています。

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薬の話

昨日は散々振り回された挙句一睡もできない有様であった
これは、これまでに無い攻撃によって心拍数を上げられ、これに乗じて低周波攻撃(負の感情のマインドコントロール)を行いノセるという悪質な手口であった
同様の攻撃はこれまでにもあったが、以前はなかなかノセられなかった訳である

しかして、この攻撃を利している物体を突き止めた
それは、「C」という降圧剤であった
そのヒントは、3年前の第一次退転策動にあった
当時、就職でことがうまく運ばない事に乗じて敵がこれまでに無い苛烈なマインドコントロールを仕掛け、一時は勤行すらできない、お厨子を閉めたままなど退転寸前にまで追い込まれた事件である
結局、この時は諸天の加護としか思えない展開で解決し、退転も免れている
しかしながら、就業妨害が定石であるためか、就業当時は負のマインドコントロールにやられてしまい一時職場内外でぎくしゃくしてしまったことがあったのであった
これに対して、当時はまだ電磁波犯罪の発覚前ではあったが「争い事は避け折り合いをつけてやってゆく」という方針を立て斯様の状態を脱している

当時、筆者はある種類の薬ばかりが異様に増やされていることに不審を感じていた
当時はこの薬を朝・昼・晩とたんまり飲まされていたのだ
何しろ最初の医師がもろ創価医師で、非常に高圧的かつ一方的であったので代えさせたほどだったのだ
血圧も安定傾向に推移したことからこの薬を自主判断で6錠⇒4錠/日に減らし医師にも追認させたという経緯があったのだ
その後、日を追うごとにイライラしなくなり争いごとに巻き込まれなくなっていった

最近になって、この薬を再び処方されるようになったところ病院内、それに他でもイライラさせられることが多くなっていたことに気づき、更に体が熱くなる(疼く)ような症状がありカルテを確認してもらった
その結果、処方されたのが3月下旬と判明し私が気付いた通りであったことが判明したため看護師を通じてこの薬を金輪際拒否する旨伝えてもらったところである
医師がどうであろうと金輪際拒否するということである
この薬を飲まされるようになって以降、再び負の感情のマインドコントロールにノセられるようになってきたことを重篤視したということである
つまりは、この薬をかぶせられるような誘導が行われたということである
処方された当時も敵によって意図的に血圧を操作され(脈拍の操作による)異常に高い状態が続いていたことに気づいた
恐らくは降圧剤を被せるだけ被せたところで逆に極限まで一気に落として…
極めて危険に過ぎる話ではないか
目の前のターゲットを虐げるというくだらない目的のためにそんなことまでする連中は文字通り万死に値する

降圧剤に関しては薬害が多く取り沙汰されているようだが、やはり基本は無いほうがいいようである
況して問題の薬は以前ならまだしも今の体には僅かな量でも強力なボディーブローになっていたということであろう
問題の薬が無かったころにはそこまでイライラさせられることは無かったからである
尤も、いっぺんに外すのも以前の経緯から不安があるので、血圧計と相談しながら下半身を冷やさないようにして慎重に少しずつ減らしてゆくようにしたい
今飲まされている量は多きに過ぎるということである
いくら医療費負担が無いからといって闇雲に薬を増やされてもかえって迷惑なだけである、そこのところをもう少し考えろということであり医師の言いなりに飲むのはやはり危険に過ぎるということである
その辺に関しては今後さらなる研究が待たれるところであり、可能な限り有用な書物を探してみる

後記:その後、カルデナリン追放から月日を経るにつれて精神的に落ち着きを取り戻し、現在ではまったく問題の無い状態であることから精神薬の成分が入っているのではないかとの疑いを持っている。

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リクガ禍の話 2

漸く先日の続きを書ける

今般シングスピール家では復活に向けての新たなプロジェクトを立ち上げることとなった訳だがプロジェクトの大きな敵の一つが「リクガ禍」ということになる
リクガ禍は、「バイク」「商業化」と並んで筆者を追い落とすために敵により行われた大型の洗脳禍である
今回はもう少し詳しく掘り下げて解説する

リクガ禍は、2004年頃からその刷り込みが始まり、筆者がSG現場に誘導された後の2006年頃にその極大化が施された
敵は、ただ単にリクスーを刷り込んだのみならず、ここで大きな虚構を捩じ込んできたのだ
当時はまだ電磁波犯罪の発覚前であり、敵はやりたい放題だったのである

敵は、筆者をSG現場に誘導するに当たり、筆者が身近な縁をモノにさせないための施策をあれこれ講じたのであるが、その一つがこのリクガ禍であった
そのためにあらかじめ準備されていたものであり、なお且つ敵構成員の欲望ともシンクロしていて筆者に敵の代理をやらせるためのものでもある
2006年頃、SGの舞台に二人の女性が現れたことで、敵は待ってましたとばかりにリクガ禍の極大化にかかった
なお、これと同時期に「商業化」のねじ込みも行われている
そして、筆者にとっては久しぶりといえた身近な縁をぶち壊しにするべく、リクガに係る大きな虚構を捩じ込んだ
それは、何と「本物の就活生でなければならない」という思考だったのである
リクスーだけなら、身近な女性に着せればそれで終わってしまうからである
それだけで終わってしまえば、長期間に亘って私を洗脳して振り回すことができなくなってしまうということである

敵は、この「リクガの幻影」を以って毎日のように筆者を振り回し、時には工作員まで動員されて行われた
結果、SG末期にはほとんど半狂乱の状態まで筆者は追い詰められた
そして、SG訣別の時の手違いによってすべての縁を手放さされることとなってしまった

千ラシ裏女であるが、SG現場における工作のキーマンであるとともに、かかる身近な縁をモノにできないことに対する不満をそらすために筆者の注目を引くための役割をも与えられていたのである
実際、この千ラシ裏女がヒステリーを起こして北海道に帰っていた時などにはTさんとの関係修復に取り掛かるなどの動きもあった訳である
その千ラシ裏女も、日を追うごとにもめごとや罵言などのオウンゴールを重ねるようになり、末期にはかかる役割を十分には果たせなくなっていた
そのことによって、出来レースの不当クレームが端緒となって遂に引き留めの糸が切れ、筆者はSG現場と決別するに至っている

結局リクガ禍はSG現場を去った後も2010年まで引きずらされ、結果身近な縁はいずれも失われた
既に回顧録にも書いた様に、敵は最終的に全てを「女たちのせい」にして逃げおおすつもりであった
このため、リクガ禍の崩壊を知った敵はここぞとばかりに全てをリクガたちのせいにさせて、苛烈な程の憎悪を捩じ込んだのだ
更には、そこに先記の身近な女性にまで罪を着せて一括りに「女どものせい」にして逃げおおそうとしたのである

これがリクガ禍の全容である

なお、そこまでして逃げおおそうとした敵であるが偶然にも訪れたサイトによってその所業のほどが白日の下にさらされ、すべてが広宣部の所業であることが今日では確定している

リクガ禍は、非常に大きなシンボリック体験になって筆者を苦しめ続けた
今なお、その幻影が大きく重くのしかかる現状がある
今日の状況は、敵によるこの「リクガ禍」を含む悪質なマインドコントロール事犯の数々による演出型ハラスメントの産物なのである

当面は、敵によってさせられたシンボリック体験の除去をしなければならない
敵は、今も私に対する印象操作に余念がない
そこまでして孤立化を徹底しようとする理由が判らないが、そんなことは問題ではないし最早私は一人ではない
私には多くの同志がいるということをはき違えるなと言っておく
どのようなごまかしによってもその所業を誤魔化すことは出来ないし創価学会の犯行であるという私の確信を変えることは最早できない旨警告しておく

今、私は新たなスタートラインに立っている
冒頭に書いた通り、新しいプロジェクトが決まったのである
自らの考えで行うという意味では事実上初めての大型プロジェクトになる
正式には今準備中ではあるが、取り組みの一部は既に始まっている
筆者は必ず透析を脱出して完全復活を遂げるということを今ここに宣言しておく
邪魔したら最後、消されるだけ。

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リクガ禍の話 1

シングスピール日誌のほうで何度か「リクガ禍」という語句が出てきたこともあり少し詳しく触れておく
この「リクガ禍」というのは、敵が門外漢登場の頃に先を見越して捩じ込みを開始し、筆者がSG現場に赴くとともに極大化させた、対洗脳闘争史の中でも大型の洗脳禍の一つになる
残る二つは、「バイク」と「商業化」であるがこれらは回顧録の進展に沿って詳報することにする
「リクガ」というのはRecruit Girlの略で、敵による造語であるが他に適当な語が無いこともあってそのまま使っている
要するに、敵工作員の中に極度のリクスー狂いがおり、その代理をさせるためと筆者が身近な縁をモノにすることの無いように企てられた奸計である
つまり、まるでアイドル気違いと同じようにリクスーに夢中にさせて身近な縁から遠ざけるというやり方になる
リクガ禍の中で様々な印象操作や身近な縁の引き裂きが行われ、その結果今日の状況があるということである
ちなみに、既に粛清済みであるが「P」の曲に「セラミックガール」というものがあり、敵はその替え歌で「リクルートガール」などと流して洗脳に資していたことを記しておく
そもそもリクガなどというものは筆者には縁の無い(多分)ものであり、その意味で言えば明らかな誑惑である
あの画一的な格好のどこがいいのかと今日では思う訳であるが
ああいうのは商習慣としてやめたほうがいいと思うのだがいかがであろうか
多分、リクスーが好きで着ている奴はいないだろうしな
「リクガ禍」が始まったのは2004年頃で、2010年半ばまでその誑惑は続いた
その中で、筆者は2つのかけがえのない縁を失うこととなった
その一人がTであることは既に周知の通りであるが、もう一つ大きな好機があったことを記しておく
T事件ではSG現場の者どもによる逆バンドワゴンの嵐(離れていくように仕向けておいて、逆に正方向のあおりをすることでますます反発させて潰すやり方)があった訳であるが、もう一人のMさんの事件ではSG現場の者どもの知らないところでことが進んでいった
結局、Tより先にSG現場のエリアからMさんは姿を消してしまった
このMさんの事件についてはまだ多くを語れないが、専ら行動抑制のマインドコントロールと印象操作、特にMさんの印象を著しく悪化させる印象操作によって筆者はそれにヒッカカッテしまったわけである
敵の連中は何ら疑われること無く、しかも私だけが好機を逃させられさらには白い目で見られるように仕向ける汚いやり方が敵の演出した「リクガ禍」である
更に悪質だったのはその後である
この「リクガ禍」において、敵はその捩じ込んだ幻想が満たされることの無いように細心の注意の下筆者を翻弄し続けた
しかして、そのことによって再び女性不信に陥らせることで、更に思い通りに筆者を振り回そうとしたのである
そこへ捩じ込んだのが先のエントリで取り上げた某アイドルグループだったという訳である
それにしてもSNSDのS.Hといい某アイドルグループのA.Sといい明らかに筆者の好みとは違うものを的確に選んでいる辺りは確信犯であるというしかあるまい
共通して言えるのは「リクスーを着せたらハマりそうなタイプ」ということである
「リクガ禍」の影響はサイトの運営にも重大な影響を及ぼした
また、敵は最近にも代理行動をさせようとしたことが発覚している
このため、「電車の乗り方」を制定して敵の代理は絶対にやらねえという大方針の下敵追放のための取り組みを行っている

今書けるのはここまでである
しゃべったら最後、消されるだけ。

この記事は、医療関係者の追放、及びその後の史実の修正により記事を修正しています。

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