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身辺整理

現在、パントルセレブルは将来に向けた身辺整理を行っている。
2015年1月10日に忌まわしき宗門を脱退したが、その後ここに至るまでの道のりは極めて厳しいものだった。
2稿前の記事で書いたとおり、脱退時の対応に問題があったが、真実追究が未だ中途である中で脱退となったことと、当時はまだ確認するという習慣がついていなかったことにより、敵にいい様に誘導されてしまいその後のゴタゴタに繋がってしまったのだった。

今般の身辺整理においては、不要物を徹底して捨て去るとともに、脱退後も当家に残ったままになっていた宗門関連の物を始末し事実上の離壇届けとなる信徒籍削除の要求文書を本尊などとともに郵送し、この問題に一つの蹴りを付けることとなった。
これによって晴れて宗門とは関係の無い外部の人間ということになったので、今後は書きたい様に書かせてもらう。

離壇に対する妨害工作が1年もの間続いた訳であるが、これは敵対勢力S会だけの意向ではない。
私を宗教の教義でがんじがらめにして思考停止にさせることで、利益を得或いは利益を維持しようとする勢力が複数あるということである。
そのことは、離壇から1年を経た今なお、敵がBMI犯罪の発動によってあらぬ勘違いをさせ、以って自分から宗門のほうに戻るように仕向けようとしていることが示している。
BMI犯罪が用いられているのは、最早外部からの人手によるやり口(脅迫やまやかし)では捻じ曲げたり転向させることが出来ないからであり、敵側もそのように認識しているということである。

私が宗教の無意味さに気づき、そのことを民衆に向けて発信することはまさしく民衆の利益に適っている。
何故なら、宗教は安心できる嘘で騙して搾取し、以って真実からの的外し、目暗ましをして利益を得ているからである。
宗教の役割とは民衆の人心を操作し、支配勢力に矛先が向かないようにすることにあるのである。

私を薄汚い辺境の地に幽閉し、浮上させないようにすることで利益を得ている勢力は一つではない。
父逝去時の寺院サイドが取った、安心できる嘘で騙して以って必要な対応を取らせないようにする策動は、敵対勢力S会と、これに連なる医療利権の謀略であった。そして、まさしくこの寺院こそが共犯者であり、最初から安心できる嘘で騙して貶め、孤立させて搾取する腹づもりだったのである。つまり、門外漢女を私に対する刺客にしたのは他ならぬ寺院側だったということである。私がこの女を追及した際に寺院側が徹底してこの女を擁護する側に立って私を一方的に悪者にしたことも、これで説明がつく。

本来であれば、石之坊を脱退した時点で宗門からも決別し、その時点で離脱するのが最良の善後策であった。
父の病気を救うどころか医療利権側と結託して真実には目を向けさせず、安心できる嘘で騙して必要な対応を取らせなかった時点で、この宗教に力が無いどころかグルになって私を貶めているものであることは明らかだったはずである。
そもそも、私を宗教に誘導したこと自体が敵対勢力の離間工作・孤立化工作の一部だったのである。
それは、宗教にのめり込んだ人間は例外なく嫌われて叩き、いじめの対象になるからである。
既に手元には無いが、宗門側の出している洗脳の手引きにはこのことに対する尤もらしい言い訳が指南されている。
このように、宗教は当たり前のことさえも否定して自分たちが正しいと主張し、他のものを否定することで従わせようとしているのである。

宗教によってがんじがらめにされていた11年間は、歴史には残してはいけない11年間であった。
34歳から45歳という、まさしく人生最良の時期を宗教によって台無しにされたという事実は、いかなるまやかしによっても消えるものでは無い。
折角の縁も、宗教に雁字搦めにされていたことで取るべき対応を取れず、みすみす逃させられることになってしまった。
これが現実なのである。
ところが、ある法華講の役員(私に対して太鼓持ちの振りをして、裏で悪評を吹聴していた)はこれに対してこんな暴言を吐露している。
「結婚することが幸せなこととは限らない。」と。
これこそ、人口削減計画そのものではないのか。
この宗教では、男女が仲良くすること、交際することに著しい制限を加えている。
このことから言って、陰謀論者が支配勢力の狙いとして上げている「フリーセックス」は、支配勢力の狙いではなくまさにその真逆であるということになる。
何故なら、宗教そのものが支配勢力のためのものだからである。
支配勢力の実際の狙いは人口削減であり、そのために男女間の関係に著しい制限を加えて引き離そうとする試みは、今の時代に始まったことではなく、キリスト教では古くから謂われていることなのである。
つまり、この点でも宗門はキリスト教的価値観を受け入れていることになり、まさに日蓮ふうキリスト教そのものであるということであり、この点は創価も顕正も同じである。
キリスト教の祝日である1月1日を祝っていることもそうだし、そもそも新年を祝っていること自体がキリスト教に右ならえしていることになるのである。

宗教に誘導したことが敵対勢力S会の意向であり、しかも宗門側もグルであったことから、見直さなければならないものがある。
三本柱の化城である。
つまり、実際には柱は三本ではなく四本だったという意味でである。
実際には、宗教・鉄道・バイク・リクガの四要素によって構成され、その上に敵によって捏造された「自由の闘士気取り」と「宗教への隷属(強要)」が乗っかっていたわけである。
その意味で、柱が三本倒れても最後の極太の一本である「宗教」が残っていたというのが正解であって、三本の柱が倒れた時点で「自由の闘士気取り」も崩壊はしていたが、最後の一要素である「宗教への隷属」が残っていたので完全な崩壊とは言えなかったのである。
しかし、そのことに気づかれてしまうと全要素が崩壊して都合が悪くなるので、その最後の一本にはなかなか手を出させようとしなかったということである。つまり、宗教こそが敵による精神誘導のまさしく「大黒柱」であったということになる。
しかし、真実の追究によって他の柱と外壁が次々に倒され、その宗教についても「聖域なき見直し」の対象となって、決別という結論になり、化城はあっけなく崩壊したのである。

化城崩壊直前、私は鉄道趣味の非合法化をほぼ決断し、売れる物を始末しようとしていて、太鼓持ちの振りをしていた問題の役員に協力の話を持ちかけた。(先の暴言の役員)
しかし、この役員は応じなかった。
何故か?それは、どこかから情報が行っていて、協力するなという命令が出ていたからである。
つまり、「鉄道」を放り出すことは化城の崩壊につながるので、この売却を察知した敵対勢力から話が行って、「N(私のこと)が協力を要請してくるが、協力するな」という命令が上位の役員から下っていたのである。
つまり、問題の役員に直接命令を下したのは他ならぬ法華講だということである。
やはり、これらは利権によってつながっていたということである。
宗門とS会と医療利権は、派閥の違いこそあれまさしくその全てが支配勢力側であり、相互の利益になることであれば、手を結ぶことがあるということである。
そもそもが現在の宗門トップとS会の最高幹部同士が旧知の仲でもあり、完全な決別はあり得ないということである。
宗門・創価・顕正等は、実際には一体であり、支配勢力の命でそれぞれが与えられた役を演じているだけの話なのである。
なお、本山任務者の工作員の男が「敵」という一連の表現に激しく激昂したのは、一に自分たちが敵と看做されていることが気に入らないこと、二に実際にグルであり、そこを突かれたと思ったことで激しく狼狽したことによる。つまり、この「敵」という言葉に激昂したことで、宗門側もグルであることがバレてしまったのである。自覚が無ければ「敵」という言葉に反応する必要は無いからである。

今般の身辺整理は、その先にあるもの―この忌まわしき11年間を清算することにつながる重要な意義を持つものである。
この忌まわしき辺境の地に幽閉された11年間と、宗教によって雁字搦めにされた11年間は大体重なっているものでもあり、またこの地に誘導されたこと自体が誘導した宗教に最適化するために敵が意図した環境整備だった。
そのことから謂って、この薄汚い辺境の地から出来るだけ早く脱出して新天地を求めることこそがこの忌まわしき日々を清算する事になるのである。

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新宿事件の女を追放

先日Twitter上において、1992年に惹起した新宿事件当事者の女を追放にする方針であると発表した。

回顧録で触れている、この新宿事件当事者の女は、忌まわしき島流し時代の同級生の女である。
この女については、その時代時代においてその解釈が分かれ、「史上最悪級の悪女である」といわれ後に惹起した瀬戸事件の女と併せて「S.S」と呼ばれ悪の象徴にまで祭り上げられたこともあれば、実は悪気など無かったのではないかとされたこともあった。しかし、事件から24年もの年月が経過し、今後この女に関して何かが惹起する可能性も薄れていたことから、他の重大事犯が優先され本件については放置されていたのが実情であった。

しかしながら、回顧録再興のために文書を精査していて当時の実情に触れ、内容を精査したところこの当該の女も新宿事件の時点では既に敵勢力側についていて、その意向を受けて交際類似行為を惹き起こしたものではないかという事に気づいた次第である。
本土への復員後も交流があったのはごく僅かであった。
その中に、友だち役を演じていた男がいた。
卒業後にあってもこの友だち役の工作員の男がこのT.Sのことを忘れさせないように工作を行い、後に予定していた事件への環境整備を行っていたことが明らかになっている。
その間約3年、T.Sとの交流はなかった。
およそ3年もあれば、人の心や信条などはいとも簡単に変わってしまうものである。したがって、その間に敵対勢力が人的手段で根回しをしてその結果敵側についていたとしても何ら不思議はない。

当時の経過をたどれば、敵の関与の有無にかかわらず、当該案件は重大な交際類似行為であり、到底許される者ではないことが明らかである。
しかし、本件に対する見解は、先述の通り敵の意向によって二転三転させられたところである。
何故か?
敵にとって格好の煽りネタだからである。
つまり、本件でさえも敵は人心操作のために煽りネタとして使い、筆者の人生を殊更に狂わせていたのである。
今更そんな事に煽られるとは思っていないが、なにぶんBMI兵器を持っている敵のことである。
こうした問題にはしっかり蹴りを付けておく必要がある。
このため、この問題に付いて精査を行い、

  1. 先述の通り、本件は重大な交際類似行為であり、その気も無いのに気を引かせるという引っ掛け事案と看做せること
  2. この事件には友だち役だった男が事前の環境整備などで暗躍していることから、当該の女もグルでありこの時点で既に向こう側であったと看做せること
  3. その後の筆者の生活に極めて長期間重大な悪影響を与え、精神的にも暗い影を落とし続けたことから、その目的で敵対勢力が手を引き、当人も協力していたと看做せること

という結論に達した。
これによって、当家としてこのT.Sを他の惹起者同様永代追放処分に処する方針を固めたものである。

当家では、「島流し」の四年間を歴史には残してはいけない四年間であったと決しており、既に何年も前から当該の離島を含む地域への渡航を一家として禁じているところである。
この処分によって、漸くこの問題にしかるべき蹴りを付けることができるものであると自負している。
現在は処分の発効日について最終調整を行っているところであり、近々正式に発効し20余年越しの決着が図られることになる。

いかなる事情、理由によろうとも、人を誑惑し以ってその人生を狂わせるような行為に及んだ徒輩が許されることは、決して無いのである。

-完-

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事後処理を執行

パントルセレブルの館もブログ、過去ログに続いて一部ながら回顧録を再開し、更に関連資料を一部であるが公開するなど、漸く当初やりたかったことが形になってきた感がある。
回顧録は全て固定ページで、サイト内コンテンツとしての公開となっている。現在は宗門への誘導の前までの分について公開を再開しており、以後の分は当時の生活を取り巻く各要素のウェイトを適正に勘案しながら、新規に筆を起こすこととしているのでご期待いただきたい。

この間にも、敵対勢力の行ってきた悪辣な洗脳や誘導の様が次々に明らかになっている。これも、真実の追究が加速することによって敵の攻撃を構成していたさまざまな要素の傍証が揃ったことによるものであり、そういつまでも騙し続けることは出来ないのである。

まず、宗門脱退の際の対応が間違っていたことが判明した。これは、宗教というものそのものの本質が明らかになったことによる。宗教そのものの本質を明らかにされることは、敵にとって非常に都合が悪い、拙い事項だったので長い間押し止められていたものである。
およそ宗教というのは、出来るだけ長きに亘って(可能なら一生、あるいは子孫代々に亘るまで)騙し続け搾取を続けたいものである。
また、このような宗教、特に大宗教になればなるほど、本部や幹部などはその道のプロ、精鋭であることが多い。
そこからいえば、昨年の脱退時の対応にはいささか問題があった。

昨年1月、本山宗務院に足を運ばされた訳であるが、本尊の返還、除籍とも拒まれ、却って別の寺院を紹介される羽目になってしまった。
しかも、その後石之坊、法悦院の両寺院の信徒が徒党を組んで押しかけてくる事態にまで発展。
私がすんなり紹介先で再入信しなかったことで、宗務院が裏で両寺院に手を回した可能性が高い。
敵が私を本山に行かせた理由は、宗門に隷属させ続けることが敵の戦略上極めて重要であり、この脱退が敵にとって大変拙いものであったことにあり、そのためBMI犯罪によって操作を行い行動を狂わせたものである。
そもそも、信徒名簿自体末寺の管理による物であるので、本来は末寺に離壇届けを郵送し、本尊も郵送で返還するのが正しい。しかし、それをされてはあっさり脱退されてしまい、その目的(真実の追究に対する半永続的な目暗まし)が達成できなくなってしまうので、先に書いたような操作を行い本山に向かわせたのである。
およそ僧侶というのは宗教システムにおけるプロである。まして本山宗務院ともなれば、それ相応の精鋭が集っているに決まっているわけで、そのような相手に一人で立ち向かうのは愚かなことなのである。土俵からは降りるべきが、より上位の土俵に上がってゆく様なものであり、最初から勝ち目は無かったのである。その結果が、昨年6月に惹起した暴動事件であったということである。
この暴動事件の惹起者の中に、本山の任務者がいた。本山任務者とは、特別な訓練を受けた精鋭であり、当然役員も多い。特別な訓練を受けた精鋭であるから、相手の信念を曲げさせるための特別の訓練を受け相当の技量を持っているということであり、それに向かっていくのは愚かなことであり、ひたすら逃げるのが正解である。
結局昨年9月に脱退が確定したが、そのために成すべき行動は敵によって悉く押し止められた。何とか従前の状態に引き戻したいが為である。

また、本山で脱退に失敗した後、敵は私に余計なことをさせていた。不正追及の文書である。石之坊時代の経験を通じて、宗門は全体に事なかれ主義であり、不正を追及しても潰されることは明白だったはずであった。まして宗門には外部の声を軽視する傾向が強い。それを考えれば、それはするべきことではなかった。したがって、これも引き戻し策動を発生させ、「皆で言いくるめて精神科」という従前のレールに押し戻すための敵による操作であったというべきである。
更に、法華講が押しかけてきたときの対応に問題があった。つまり、押し掛けてきた相手に連絡を取ってしまったことが大きな間違いであった。そのまま無視するのが正解であった。相手が脅しと騙しのプロであるという認識が出来ていなかった上、敵のBMI犯罪によって怒りの感情を焚き付けられてしまったこと、向こうの入れてきた脅しの文書に乗せられてしまったことが大きな間違いであった。無視していれば、恐らく相手もそれ以上は手出しは出来なかったはずであった。しかし、それでは敵の策謀どおりにならないので感情を操作されてしまい、不安定な精神状態のまま対応をさせられてしまったわけである。いずれにしても、脅されて書いた物は無効である旨法曹に確認済みであるので、今後脅しに屈することはない。

なお、敵対勢力とこれら粗暴勢力の関係は不明であるが、工作員の文言に明らかに創価寄り、医療利権・精神医療礼賛が見て取れたので、何がしかの利益が約束されていた可能性、あるいは既に何がしかのリベートを受け取っていた可能性がゼロであるとはいえない。無論BMI犯罪による操作を受けている可能性も無きにしもあらずではあるが。

そもそもが、先述の通り信徒籍は末寺の管理なので末寺に申し出るのが正しい。だから、最初からこの対応が出来ていれば、先に記したような事態は起らなかったといえる。それをさせなかったのは、先述の通り脱退が敵にとって不都合だからであり、入信じたいが敵の操作であり敵の都合であったことを証明している。

宗門から脱退したのは、主にハラスメントの巣窟となっていたことや度重なる交際事犯などが問題視されていたこともあるが、見直しの理由が11年にも亘って活動を行っても良くなるどころか却って取り返しの付かないところまで追い詰められ、人生を破壊される結果になったという、現証の面からの疑問であり、「祈っても何も変わりはしなかった」そして「新しい寺院に行っても、どのみち同じになる」という結論から脱退に至ったものである。したがって、今後いかなる理由によっても復帰は有り得ず、一家としては今後あらゆる種類のあらゆる宗教とかかわることを禁止、宗教そのものを非合法化した次第である。

脱退する宗教によっても対応の仕方は多少違ってくるが、創価学会の場合は本部宛に脱退届けを文書で出すのが、日蓮正宗の場合は末寺宛に離壇届けを文書で出すのが正しい。間違っても脱退時にその宗教の人間のところに向かって行ってはいけないのである。

本年に入って漸く事後処理が具体化し、まず残っていた書籍等の類を処分した。返還するべき物、処分のできない物は旧所属寺院宛に送付を行い、併せて封書にて除籍を申し出る文書を送付した。ここに当家は晴れて日蓮正宗とは無関係となったものであり、長い暗黒の原因にして真実追究ストッパーであったものが漸く取り除かれたことになる。

改めて敵のBMI犯罪の恐ろしさを思い知るとともに、改めて創価学会等の敵対勢力に対する怒りを新たにするものである。

-完-

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現在の問題点について

ご挨拶にもある通り、見直しに関しては筆者の関わっているもの全てが対象になっている。
生活環境から趣味ごとに至るまでの全てが見直しの対象であり、例外は存在しない。

以下、各別に問題点を洗い出すこととする。

趣味活動について

趣味活動の中で特に問題視されているのが、鉄道趣味になる。
これは幼少時からのものでありもともと存在したものであるとはいえるが、社会人となってから2000年末のインターネット参戦までは次第に疎遠となっていたものであり、ネット参戦直前にはほぼどうでもよくなっていたというのが本当のところであった。
(但し鉄道模型は当時引き続き保有していた。現在は処分済み)
また、それ以前に鉄道写真をやったことも無く、ネット参戦時の計画にも無かったものである。
しかし、ネット参戦後しばらく経ってから突如、やおら鉄道サイトをやるというのが出てきた―これが真相である。
これはどういうことなのか。
このことは、電磁波犯罪で説明できる。
筆者のネット参戦自体が、敵の想定外であった。
突然のネット参戦に恐れおののいた敵は、筆者が真実を探り出すことを危惧した。
そこでネット参戦の目的をスリカエるために、筆者の中では廃れかかっていた鉄道趣味を殊更に持ち出し、マインドコントロールで焚き付けたのである。
当時は電磁波犯罪のこともあまり知られておらず、敵もやり放題だったのである。
その後、電磁波犯罪が判明するまでに12年もの歳月を要し、その間にあらゆるものが操作されてしまったという訳である。
さらに悪いことに、敵が鉄道趣味を殊更に焚き付けたことがその後の生活環境操作につながってしまったことは痛恨の極みである。

生活環境操作

回顧録ブログにある通り、2001年4月に筆者は杉並区に移住しており、日蓮正宗入信時も杉並で一人暮らしをしていたのである。
筆者はもともと東京出身の東京人であり、茨城には何の縁もなかった。
そこを結びつけたのもまた、鉄道趣味である。
詳しくはわからんが、茨城への誘導も敵のなんらかの都合によるものであろう。
そこで鉄道趣味を焚き付けるにあたって茨城方面にスポットを当てさせたというのが本当のところであろう。
しかし、それだけでは誘導することはできない。
そこで敵は、あらゆるものを自らの都合によって変えさせたのである。
その一つが就業の不安定化である。
というのも、杉並に移り住んだ理由が生業であり、当時勤めていた会社の至近(歩いて5分)という極めて合理的な選択であった。
これは、そのまま筆者の安定化に結び付くものである。
そこで、くだらないものに金員をハタカセた上で就業を根底から揺るがし、生活を行き詰まらせることで日払いの派遣への転落を余儀なくさせたのである。
しかし、当初1年程度はそれほど遠くない現場であり、まだ十分近いといえた。
そこで派遣の現場責任者を焚き付けて嫌がらせを行い、その現場を離れるように誘導したのである。
そして遠い現場で再出発せざるを得ない状況に追い込んだのである。
これによって敵は杉並移住の意義を根底から揺るがしたのである。
そうなる過程では、鉄道趣味も利用された。
その後、さらなるマインドコントロールで杉並から離れるように誘導されたのである。
その過程では、門外漢女らによる、反発心理を巧みに利用した逆煽りまで行われた。
そして杉並に留まれなくなるような事情を作られ、移住を強要されたのである。
なお、これら一連の誘導が計画された当初から、人工透析への誘導が予定されていたと見られ、その過程で何らかの理由によって誘導先が決定していたものであると思われる。

最近薄々気づいていたが、気付いた時にはせっかくの資金を既に叩かされており、動くに動けない状況に追い込まれていたのである。
このことは、バイク戦争犯罪が利用されたものであり、更にその意図的発覚によって殊更に金員を叩かせて再移住の芽を摘もうとしたものである。
度重なる機材破壊策動も最後の最後までカネを叩かせるためのものであり、何があっても移住を阻みたいという敵の強固な意志の裏付けであるといえる。
いずれどこかで語ることになるかと思うが、これらは移住などの清算行為に十分な資金を得ることが避けられなくなるという(敵から見て)想定外の事態を前にして狼狽した敵が、バイク戦争犯罪などを利用したハタカセを急ぎ、既に進行していた透析転落策動と併せて敵が作り上げた複合的モラハラ環境に筆者を半永久的に縛り付けておくために行ったものである。

信仰面の問題

残念ながら、現寺院でもモラハラ環境が作り上げられてしまった。
モラハラの舞台、モラハラの土俵で戦う行為は徒にエネルギーを費やさせられ疲弊を招くだけであり、全く無意味である。
モラハラであると認識できている当方がアンカリングを解除するのは比較的容易であるが、当のやってる側は認識も反省もできない状態であるため筆者に対するアンカリングを解除することは極めて困難である。
また、現在の宗門の行き方に対する疑問、またこのような境涯に貶められている現状という現証の面からの疑問がある。
また、盲従と盲信がカルト化につながるという筆者の考えから、宗教というものに対しては自分なりのスタンス、距離を持って付き合ってゆく必要があると認識するに至った。
然るに、今の宗門、法華講は言いたいことを言えなくなっている状態にあると思われ、そのことが一部信徒の暴走やいじめ・ハラスメント行為につながっているのではないかと認識している。


モラハラの舞台にいると、上記の通り行為者の思い通りになるまで攻撃が終わらないという事態になる。
これを解決する方法は一つ、戦わずに土俵から出ることである。
従って、当面は距離を置き、加害者らと会わないようにすることが肝要となる。

わざとターゲットを引き寄せて戦わせ、これをコテンパンにすることでエネルギーを費やさせて疲弊させるというやり方なのではないかということである。
これは、他のモラハラ軸においても同じことが云えると思う。

健康問題

最悪の時に比べればだいぶ落ち着きを取り戻してきたが、まだ精神的な混乱、疲れから完全に抜けきるには至っていないのが現状である。
この精神的な混乱、疲れが腎臓に打撃となり一時的に腎臓の働きが弱っていることが人工透析という現在の状態の根本原因であり、これに薬害が加担しているのではないかというのが現在の認識である。
特に門外漢女の出現以降精神的に圧迫され、混乱を引き起こすようになり、SG現場と石之坊という「モラハラの両軸」によって精神的混乱が酷くなり、それが2010年の大病につながっている。
これは、筆者を医療利権の餌食にするためのものであり、解決するべきものを自ら作り上げておいて善人の様な顔をするという典型的なやり口になる。
まさしく医療ハラスメントとでも呼ぶべきやり口であり、絶対に許してはならない。

他にも問題点は多々あるが、大きなものは以上4つになる。
今後の対応については記事を改めることとする。

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汚染

昨日、13時間をかけて敵がシングスピール・ウェブ上に撒き散らした汚染を除去する作業が行われた

筆者が今の寺院に移ったのが4年前のことだった
石之坊から不当に粛清された私は、門外漢の口車によって今の寺院に所属することになった
以来、敵はまたしても新たな対立の演出に精を出してきた
その結果、今日までその影響が長引き、誤粛清に気付くのが大きく遅れてしまった
これにより、またしても折角の縁が失われる危機に瀕している
相手もマインドコントロールにヒッカカッているのだろうが、かなり難しい局面に立たされている

ここからは高度な知的闘争になるが、これまでとは違った電磁波犯罪像が見えてきた
しかも、どうやら相手にさせられていたのは機械、全自動のボットだったようなのだ
つまり、予め様々な条件分岐が設定され、全てはそれに沿って行われていたというのだ
なお、ときどき手動操作もあったようで、過去に三度あった大事故などがこれに当たるのではないかという推定になる
ボットに切り替わった時期は1994年頃ではないかというのが推定である
敵からの声がないのはボット故だったということになる
無いものは出せないからである

先日の看護師事件は、それに伴う幻想とともに多くのトリックを押し流すこととなっている
演出された対立はノーサイドにするという大方針が打ち出され、先ずは講内の対立の一掃に努めている
演出された対立は、シングスピール・ウェブ上に多くの汚物を撒き散らした
先の土日で13時間をかけて、その汚物の除去を実施したが、修正の数は実に200以上に及んだ
その汚染の因も、殆どが電磁波犯罪発覚前に捩じ込まれた幻想だというから恐ろしい

然るに、今問題になっている事件の殆どが電磁波犯罪発覚前に起こされたものである
バイク戦争犯罪も、行き倒れ策動も既に発覚前から計画されていたであろうことはまず間違いないであろう
惹起者の多くが工作員と看做されているが、組織的な犯罪という前提に立っていた今までの認識に疑問を持ち始めている
見た目はどれもそう見えるが、全てが洗脳犯罪であり、真に工作員が関わっている事件は僅かではないかと
門外漢集団はマインドコントロールド集団であるという認識に間違いは無いだろう

下手すると、孤立化が行われた後の事件は全てボットに操られていた可能性まである
広宣部員は一人だけ確認されているが、それでさえボットに操られた可能性が高い
千ラシ裏女についても、宗教的な形跡がなく、千ラシ裏集団も、恐らくマインドコントロールド集団であろう
よって、全てはボット一台工作員一人で行われたというのが最新の推定になる

これらのことは、敵によってもたらされたトリックが未だ一掃し切れていない事を示している
周囲の人間まで操作することが出来る故、いかようにも演出が出来てしまう、そういうことだと思う
無論、門外漢集団がやったことも千ラシ裏集団が行ったこともまごうこと無き事実である
しかし、集団の形成や誰が主導したかということに関しては敵の目論見通りの結論に誘導されただけだったのではないか、ということが今出てきている

門外漢集団に関しては、ヘタすると2010年の粛清の当日に敵が「解散」させた可能性まである
門外漢女の口車によって「地元で云々」ということにされてしまい、あの日私は石之坊から不当に粛清されたが、そのことによって集団は意義を失った可能性があるし、仮にそうでなかったとしても石之坊が不当に乗っ取られることはあるまい
こうして私がいろいろ書いてきたことで門外漢女はそのしてきたことに相当の代償を既に払っているというのが専らの推定である
世間一般はもとより、宗内でもマインドコントロールにあったことは言い訳にはならないからである
今言えることは、数人程度の小さい集団であれば丸ごとマインドコントロールで操ってしまうことが出来るということである

今もっとも疑うべきことは、本当にSGの集団を千ラシ裏女が主導してきたのかということである
仮に工作員であることがあったとしても、それは敵にとってでありマインドコントロールで操られた「無自覚工作員」に過ぎなかったのではないだろうか、他の面々も含めて
SG現場からの勇気ある撤退(2009.9.9)によって千ラシ裏集団はその存在意義を既に失っていると考えられ、既に解散させられているというのが専らの推定になる
こちらもヘタすると当日に解散させられている可能性がある
何故なら、その存在目的がただ単に筆者に対するガスライティングのみであり、筆者がいなくなってしまえば最早用無しだからである
しかし、そのしてきたことはまごうこと無き事実であるしマインドコントロールは言い訳にはなるまい
同じく、連中も既に相応の大きな代償を払っているであろうことは想像に難くない
何しろ結婚につながっていたであろう縁を逆バンドワゴンによってぶち壊しにしたことの罪障は相当重いものだからである

「女が主導」してきたことにするメリットは、女性不信を不当に増長させられることにある
全てを「女たちのせい」にして逃げおおすことですべての縁を断たせるという奸計である
このため過去の処断についてすべてを一度見直して審判をやり直さねばなるまい

これらを踏まえ、新しい回顧録では過去の記述を踏まえずに、総てがマインドコントロール事犯であったことを前提に書き記す
よって、過去の記述とは大きな相違が出るということを予め踏まえて読んでほしいということである
その回顧録では、現在入信直前まで終えており、これから記すところが初代回顧録の範囲に入ってくる

これまでに惹起したあらゆる事犯全てが敵・広宣部の所業であり、総てがマインドコントロール・電磁波犯罪によって引き起こされたことが既に確定している
かかる行為者は、たとえ正体を隠したまま逃げおおせてもそのやってきたことによる罰から逃れることは絶対にできないのである

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