自主独立闘争関連」カテゴリーアーカイブ

化城の爪跡 3

今筆者は入院療養中であるが、戦後処理は待ったなしである
先刻プレスに出したが、当面は立て直しと戦後処理を優先し、今の生業についてその継続を断念することにした
一家組織については現状に即した形態に改めて不用な部署を廃止した
一部名称で揺れている部分があるが、形態は固まっている
戦後処理に於いて重要なのは今後の人生に於いて悔いの無い様にすることである
今にして思えば4月の健康診断の時点で見直しておけばよかったのだが、まだ化城が辛うじて立っていた頃であり、事故の解決に奔走していたこともあり、敵に睨まれていたのでここでマインドコントロールが行われたのだ
それが、目先の生活と仕事にしがみつかせるためのマインドコントロールだった
更に、敵はこの時点でカネをはたかせるためのマインドコントロールを用意周到に進めていたのだった
それには、三本柱の中で唯一残っていた「バイク」が利用されたのであった
従って、敵はバイクから心が離れない様に細心のマインドコントロールを行いカネをはたかせたのである
その後、化城は「バイク」の崩壊によって跡形も無く崩壊し、バイクの売却で約1/3を取り返した
この売却益で格安の乗用車を入手することが出来た
今手元に残っているのは、一部を生活費として取り崩したこともあり金額にして約1/3である
こんなにもはたかされたのも、敵によって日常生活の細部まで細かく規定されていたからである
それらをここで一度徹底して解体する必要があるだろうとの判断を下したことが先の決定に至った大きな理由である
敵は、日常生活の細部に至るまで必ず無駄が出る様に規定した上でマインドコントロールに精を出したのである
今は今後に向けての回顧を重ねつつ、二度と化城を作らせないこと、無駄を出さない体制作り、無駄を出さない日常生活の構築のため研鑽を重ねているところである
ドクターストップで九死に一生を得たもののそのまま走らされていたらどんな取り返しの付かない事態になっていたことか…
それを鑑みると、敵幹部の指示が「病院送り」でなかった可能性が高い
恐らくは「目先の生活にしがみつかせて、行き倒れを狙え」であったのではないか
それが、あの日の入院を渋らせるマインドコントロールになっていたのであろう
異常事態に気付いて薬を再開し、無理にでも予約を入れたことが敵にとって大いに想定外であった訳であり敵としては何としても入院を回避させたかったに違いない
(この部分削除)
デッドエンドこそ敵が狙っていたものであり、そこにあるのは終焉の暗黒だったのである

その後、当該病院及び医師もグルであったことが判明し、その後の粛清で当該病院に籍を置く者は例外なく出入り禁止となり、事実上すべて放逐されています。

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化城の爪跡 2

入院から1週間が過ぎた
入院の判定が下されたのは9月21日の事だった
この日、どうにかして入れてもらった診察で非常事態が発覚した
しかし、問題の箇所は急に悪くなることがあるとのことで、それがほぼ同時期にあった診察と健康診断との大きな食い違いになっていた訳である
化城の爪跡は多岐に亘る
今の身分から現状、抱える病に至るまであらゆる事象が敵の都合によってもたらされた化城の爪跡である
長年の電磁波ガスライティングによって、筆者の人生はこんなにも狂わされ爪跡と教訓だけが残った
筆者は満身創痍であり、多くの病を抱えている
文字どおりの薬漬けであり、更に半永久的に透析の必要な状態である
恐らく、今後の進路を考え直す必要があるだろう
生活のことは成るように成る
何に希望を持って生きて行くことができるのかを考えなければなるまい
それは、二度と化城を作らせない様にすることと大きな関係がある
敵は、余計な夢憧れ等を押し込むことで化城を作りそこに筆者を押し込めて狂わせたのである
従って、余計な夢は見ない、見せられない様にすることが極めて重要である
結局は人は似た者同士でなければ解り合えないものである
この事を深く刻み込んで残りの人生を歩むことになる

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化城の爪跡

突然であるが、筆者は今入院療養中である
早い話が敵の誘導にはめられた訳である
今年の中頃はまだ化城の崩壊前であり、まだバイクというものがはばかっていた時期であった
従って、まだ自由の闘士という幻想に支配されていた訳である
そこで敵が考えたのが、他の要素に対する計画的な攻撃によって注意を引きながら、自由の名の下に大切なことを外させることだった
詰まりは、薬からの解放という「自由」を謳いマインドコントロールに持ち込んだのだ
これは、中形バイクへの誘導とセットだったのである
「バイク=自由の象徴」というまやかしの思想に乗じた悪辣な誘導であった
化城の崩壊が時間の問題とされる中で敵が用意した大いなる報復であるといえる
つまり、敵はいつか化城が崩壊することを視野に入れており、バイクだけでは化城を支えきれず、また他に化城を支える柱を用意できなかったことによるものである

事の重大性に気付いたのはバイクの売却を決定した直後だった
血圧の異常に気付いて薬を直ぐ再開した
しかし、時既に遅く先日の定期診断でほぼ強制的に入院となった
電磁波ガスライティングに正当性などあり得ない
これだけ悪辣な誘導で人を貶めてただで済もうはずは無い
今頃敵陣営はやったとほくそ笑んでいるだろうが、かならず天の怒りが奴等を直撃するであろうことを予告しておく
無論一家はこれに屈すること無く必ず復活を遂げてみせるので心配はいらない

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遺産を一掃

あれから暫く記事を書くことができずにいたが
昨日過去の遺産を一掃すべく車を走らせた
時間が遅かったのと金曜で混んでいたが、どうにか受け入れ時間には間に合った
売却益は、足代を引いて21,000円程になった
まだ売れてない戦力外ナビは数字に入ってないので、これは後刻売却してお金に変えたい
昨日借りたのはラウムというコンパクトカーになる
そのラウムに乗りながら種々考えた
今まで何を根拠にバイクに固執していたのか?
何故クルマの利便性、快適性を享受しようとしなかったのか?
云うまでもなく、敵が用意した言い訳の類いは既に崩壊している
ラウムですらバイクとは比べ物にならない程快適だった。
エアコン、オーディオもついている。
今までバイクに乗りながらも、どこかでクルマと同じものを求めていた様に思う
左様であれば最初からクルマにしておけば…
云うまでもなくバイクにも翼賛メディアというものがある
一度のめり込むば翼賛メディアの思うツボなのである
総てがまやかしである、多分、全てが…な
実際にはバイクではなくクルマに合わせた構造になっているのがこの国の交通環境である
それと、本当の私が望む生き方とはバイクではなくクルマの方にあると知った
そこで理想と現状の大きな乖離に気付いた…
失地回復の化城を支えていた柱が相次いで崩壊して最期まで残っていたのがバイクだった
バイクの崩壊は失地回復の化城の崩壊とイコールである
遺産は一掃され、化城の時代は名実ともに終わったのだ
あとは戦争犯罪を厳しく裁かねばならぬ

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バイク売却完了

長年の政争の具であった「バイク」が名実共に終わりを告げた
本日付でバイクの売却が成立し、革命一家の車籍から抹消した
最終運行は9/5であった
精一杯の金額を出してもらったので何とかこの後の処理をしっかりして新たな体制の建設をしていきたい
車輌は、先ほど引き上げていただいたところである
あとは残余物品の処分が残っている

事の始まりは、1999年11月に一号形原付車を取りあえずの足として購入したことに始まる
それがいつの間にやら夢だの悲願だの尾ひれがついて止めることができなかった…
現実的対応として、リードまではよしとする
その先には行ってはいけなかったのである
今後の対応は、これからである
信心11年目にして、ようやく普通の男に戻れる

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