自主独立へのたたかい」カテゴリーアーカイブ

怒りを新たに

今日は実父の第7回忌法要であった
もうあれから6年が経つのだが当時の経緯を思い出すと改めて敵に対する怒りを新たにする
当時も今も敵は少しでも余裕が出ようものなら徹底してカネをはたかせ何かあったときに対応に詰まるように仕向けてきた
6年前、筆者は機材破壊策動などによってカネをはたかされ全く余裕の無い状態で父の死を迎えた
この年には5.20のあの忌まわしき受付恐喝事件(未解決)をはじめとして数々の策謀があった
云うまでもなく、恐喝事件もカネをはたかされた末に巻き込まれたものでありその原因も不要な機材売却を敵に強要されたことにある
敵は、そのために数々の事件を工作員や代理人の女どもによって惹起せしめておいてそのような場面になるとそれを思い起こさせて不利益を強要してきたのだ
云うまでもなく15年に及ぶバイク戦争も同様に敵による長年のマインドコントロールに総ての原因がある
その起源は資料集にも書いた通り、やはりラ・チーカ事件や風俗地獄などによって不当にカネを簒奪したものであって皆グルであったのだ
従って、これらによる損害等は全て敵に原因があるものとして奪還の対象である
云うまでもなく、必要もない中型バイクによる損害も同じであり賠償金の獲得を阻止できなかった敵によって不当にカネを簒奪せしめたものであり販売店は完全にグルであったと云える
リード時代に、U字ロックに接着剤を盛られた事件があったが事件発生時営業時間はとうに過ぎていたにもかかわらず件の販売店は電話に出て対応すると言ったのだ
この時の経緯があり怪しい販売店との記録が革命一家にも残っていたのだが十数年にも及ぶ「バイク」の刷り込みですっかり錯覚の中にあった筆者を止めるものは無かった
そして、問題の決定時には問題の販売店で買わされるという既定のレールが敵によって敷かれていたのだ
つまり、賠償金を阻止できないならマインドコントロールで簒奪して「身内」に流してしまえということだろう
云うまでもなくそれは広宣幹部の指示によるものだろう
恐らく、自教の選定も同じように既定路線だったのであろう
バイク戦争犯罪による損害
ラ・チーカ事件及びその後の風俗地獄による損害
機材破壊策動による損害
生活に対する操作による損害
これらは総て奪還の対象になる
被害総額はざっと見積もって500~600万円と見ている
島流しからの復員後の失地回復に失敗したことによる損害は計算に含まれていない
それを入れたら間違いなく億に乗るだろう
失ったものは必ずや再起を果たして奪還して見せる
実父の恩に報いるために決して引き下がれないたたかいというものががあるのである

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脱却

今、一家はこれまでの刷り込まれた価値観からの脱却のさなかにある
洗脳されていた時期が長かったので未だ時系列のあやふやな点があるが
2004年頃と思われていた嗜好の刷り込みは早くても2004年末か、2005年初くらいだろうと推定を修正した
また、それ以前にこれまた別の変質的嗜好が刷り込まれていたことが解り、それが門外漢女の入信早々の事だった
しかし、それが加害者グループによるものなのかメディアやエロ産業によるものなのかはっきりしないので現在のところ卑劣な連中の所業には含めていない
というより、それはメディアやエロ産業等によるものだろうがそれは卑劣な連中によっても利用されたのだ
しかし、リクスーに関してはもともとの筆者の価値観には無かったので明らかな刷り込みであると断言できる
この刷り込まれた価値観はいくつかのパーツからなっている
それは、一つに加害者グループの偏執的嗜好、一つに筆者の主に苦い過去の記憶、もう一つは加害者グループの創作したものに分けて考えることが出来る
加害者グループの変質的嗜好は、意外にも門外漢女の境涯とは正反対の女たちに向けられていた
普通だったら自分と同じかそれ以下の境涯の女に興味が向くように刷り込むと思われるところだが
あえてその逆、筆者には決して手が届かない女どもに目を向けさせることで法統相続を妨げたのだ
筆者の過去の苦い記憶は電磁波による思考盗聴によって吸い上げられそれは殊更に増幅された
そのことによって派遣からの脱出を防ぎ、なお且つ脱出後の就業を妨げるのにも利用された
しかし、働ける人には行ける所に行って自立してもらいたい役所としてはそれは関係ないのだ
しかして、それが筆者の為にもなっているものである
加害者グループの創作した夢や憧れ、目標というのは、加害者グループの変質的嗜好や筆者の苦い過去の記憶、それに工作員や依頼人からの情報などを元に、絶対に実現することのない高いレベルに作り上げられた
異常に高いレベルに設定したのも、筆者が法統相続を達成することがないように、という奸計による念慮なのである
そして、そこに利己主義という添加物を加えることで抜け出すことが無いように強力に固定されていたのである
しかしながら、自分たちの為した嫌がらせによってほころびが出始め、さらに執着させられていたはずの非正規の現場を脱出するまでに至った
まさに、自分たちで折角付けた火を自分たちで消してしまうという、門外漢にしてみれば最悪のマッチポンプを連中は演じてしまったわけである
長い無職暮らしは無駄を削る絶好の機会となり、反消費主義が根付き、不要なものを買わされることが無くなっていたこと、そして連中が余計な嫌がらせを画策したが故のトラウマが逆にブレーキとして暴走を止めたのである

思えばSGに誘導される前から筆者の嗜好は大きく変わった
しかして、それは卑劣な連中の刷り込んだものであり筆者自身の嗜好ではなかったのである
黒タイツにしても、あれは加害者グループの嗜好であって私の価値観には無いものだ
別の変質的嗜好は、連中とは別のルートで入ってきてしまい結果連中に利用されたものであった
大掛かりな洗脳の目的は、筆者の従前の価値観を破壊し連中のそれにすり替えることにあった
あらぬ思想や異様に高い理想、夢、憧れといった類を大々的に刷り込み、筆者の生活を狂わせていたのだ
そして、それによって法統相続を破壊することにあったのだ
今冷静に考えて見れば物凄くおかしな、そして支離滅裂なものであった
そんなものが一家を席巻していたのだ
しかし、連中に手の届かないものをどうやって筆者に手が届こうものか
少なくとも、今すぐにはありえない事を筆者は覚知している
刷り込みはあくまで刷り込みに過ぎるものではないのであって筆者の嗜好ではない
だから、今にしてみれば「あんなのどこがいいのか」になる訳である
洗脳が解けてしまえばそれはただの瓦礫なのである
変質的嗜好とはこの辺でお別れいたします
さようなら

反消費主義は連中のすり込みではなく筆者がイデオロギーの模索の中で見つけたものである故に新しい秩序の中軸に据える
それは、メディアによる洗脳からの脱却の象徴でもあるからだ
今からわざわざ無駄遣いの生活に逆戻りすることは無いだろう
復活できたのも、反消費主義で従前の価値観を上書きできたことにこそ大きな勝因があるのだ
そして、これに利己主義の否定が新たに加わった
まだまだどこかに連中の刷り込んだものが残っているかもしれないが
連中に利用されただけのものであっても、それは脱却しなければならないということだろう
失地回復プロジェクトの今後は、洗脳から完全に脱却すること、信心第一の生活を確立し信心と道念のしっかりした人を選ぶことに第一の課題があると存ずる
従って、現在は第5次失地回復プロジェクトの開始に向けた「地ならし」の段階にあり地ならしを邪魔すれば連中の味方となり放逐されることになる旨謹告する
解放聖戦の意義を灰燼に帰すような徒輩はたとえ法華講員であっても例外なく処断される事となる
借金してまで戦い真の自立を勝ち取ったのは何か考えてみろということである
筆者のトラウマを呼び覚ますような格好をしてくる徒輩は筆者の敵とみなす
あえて言おう、敵であると!

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大粛清

早いもので大粛清から3年余りの月日が過ぎた。
大粛清の端緒はそれまで仕方なく続けていた仕事が行き詰ったことにあったが、それと同時に何でこんなところで我慢してなければならないのか、と思っていたことにある。
きっかけが無ければ、と言葉にするのは簡単である。
だがそれが理由になるかというとそうではない。
本来であればSGなどもっと早くに辞めていればよかったのである。
その背景についてはこれまでに書いたとおりである。
SGの初期に、脱出の機会はあったと思う。
しかしながら目先の生活しか考えられなかった私は、道を踏み外してしまったのだ、門外漢の狙い通りに。
社会保障制度を活用すれば、軌道修正は出来たはずだったのである。
門外漢もさることながら石之坊の古参は私をまともな仕事には就けさせたくなかったのであろう事は歴史が証明している。
ともかく、あんなところにしがみついていても何もいいことは無かったのだ。
しかし、それは彼奴等にとって都合が悪いので皆黙っていた。
石之坊の古参は権威を傘に着て自分に随わせることしか頭に無い。
しがみつくことは必ず事態を悪化させることになる。
結果として、私は全てを失うこととなった。
大粛清の前には既にそれが確定していたのであって、既に失っていたも同然であった。
目先のことに囚われていると大切なことが見えなくなる。
当時囚われていた物事は、今にしてみれば小さなことであったり、或いはありもしない幻想だったりする。
逆に言えば、目先のことに拘らせること自体が敵対者連の策略であったのだ。
大粛清はSGでの軋轢としがらみからの解放が目的ではあった。
しかし、現実にはそれだけでは終わらなかった。
大粛清は門外漢にとっては大いに想定外だったからである。
大粛清でSGの全てを終わらせた後、千ラシ裏女からしつこく電話がかかってきた。
もちろん、電話には一切出ていない。
決別は予め彼奴等にも予告済みであった。
にも拘らずしつこく電話がかかってきたのは、想定外の出来事に大いに憤激した謀略団体幹部が従前の状態に引き戻さんと千ラシ裏女に苛烈なほどの圧力をかけたからではないかというのが専らの推定である。
大塚の日払い発言も、何とか従前の状態に戻さんとする門外漢の憤激が背景にあったのではないか。
大粛清を端緒として石之坊の連中の本性が白日の下となったことは私にも想像が付かないことではあったが、あの解放聖戦は絶対に必要だったと言い切れる。
大粛清に端を発する解放聖戦で彼奴等とは決別した。
しかしながら、長年の軋轢でかなり精神を病んでしまっていたと思う。
文字通り、全てを失っていたのだ。
大粛清の翌年、私は病に倒れた。
精神を病んだことで体までおかしくしてしまったのである。

以来これまでに至る経緯は筆舌に尽し難いものがある。
経験した者でなければ理解は出来ないだろう。
その経験が無い奴はいとも簡単に括ろうとする。
しかし、打ちのめされた心は元には戻らない。
元には戻らないばかりか必ず歪みが残る。
今でこそ心身はかなり回復してはいるが、元通りになることは無い。
人を打ちのめす行為は必ず怨恨を残し、返り討ちに遭うと決まっているのだ。
私は無駄な戦争には関わりたくはない、出来ることなら降りたい。
しかし、門外漢はそうではない。
その証左が8月30日事件である。
それほどまでに石之坊の連中は私の存在自体が都合が悪いのだ。
ともかく、主権回復を止めることは許されない。
軋轢と幻想に苛まれた日々は彼方に去ろうとしているが、その記憶が消えることはない。
しかしながら主権回復が成ったときには門外漢一味は間違い無くこの世にはいないであろう。

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