三類の強敵

ここ最近はすっかり鳴りを潜めていた敵対者連中であるが
陰険で卑怯かつネチネチとした策動が再び出てきている
やはり三類の強敵が無くなることは無いと実感するこの頃である
今日の状況というのは横山による執拗なソーシャルエンジニアリングというものがあり、そして奴がカルトの知人を頼ったことによって総てがあるのだ
回顧録にある「根掘り葉掘り」というのがソーシャルエンジニアリングに当たるものである
その後門外漢女による仄めかしがあり、そこからガスライティングが始まったのである
自動二輪圧殺事件やそれに続く原付車破壊策動&故障理由偽装事件の後に門外漢女とは疎遠化したために謀略団体幹部にとってはソーシャルエンジニアリングのほうが中途で中断してしまい策に詰まったところに筆者の派遣脱出計画が降って湧いた訳である
敵は、かかる危機(笑)を誘導作戦で免れたのみならず、ソーシャルエンジニアリングのスペシャリストを要求し、まんまと筆者を罠に陥れたのであった
このことはそのまま門外漢女の意向を満足させるものでもあったのだ
さすがにおかしいと気付いた筆者は門外漢女を公開で問い詰めたのだがその狡猾な言い逃れと口八丁の前に惨敗を喫してしまった
だが、奴の側もその場限りで誤魔化すのが精一杯で、この事が今日までの怨恨の根源となっているのだろう
その後門外漢女とは再び疎遠化し石之坊からも遠ざかることとなった訳だが、その事がはからずも門外漢女の潜伏と悪逆なる蠢動を許すことになってしまったことには忸怩の念を禁じ難い
いま失地回復史のほうでやっているのはここまでである
回顧録のほうではごく最近まで振り返っているのだが、そちらでは千ラシ裏集団に関してあまり書いていない
寧ろ千ラシ裏問題についてはここからが肝心要であり、まさしく核心の部分に迫らんとしている訳である
三類の強敵というのは先に書いた如く陰険かつ卑怯に、ネチネチと策動をけしかけてくるものであり、自らの正体を明かさずに息の根を止めようとするものである
その意味で門外漢女一派もSG・千ラシ裏集団も悉くこれに当たると云える
先日の盟友を狙った事件であるが、あれは広宣部の工作員であると見て違いは無かろう
クルマをわざわざ狙ったというのがミソであり、クルマに恨みのある者の犯行と思わせたいという念慮がそこにはあるのだ
裏を返せば、筆者を分断することを狙った策動なのである
言っておくが筆者はクルマには何の恨みも無い
しかしながら、クルマを持てるまでには至ってないのが一家の現状であり、未だ失地回復の途にあってはクルマにかかるコストが一家の財政を圧迫することになるので二輪車を使っているのである
昨年、自動二輪事業の決定に先立ち二輪と四輪双方のコストを試算した
その結果、二輪免許の取得に費用を費やしてもなお二輪のコストが圧倒的に小さいと判断したのである
つまり、敵対者連にとってそれは不都合なので執拗に妨害を繰り広げてコストのかかるクルマに押し戻さんとしているのである
いずれ明らかになる事と思うが、一派の先鋭化はカルトの宿命であり、だから宗内カルトというのである

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島流しの日々のこと

失地回復史の続きを行く前に
色々と書いておかねばならないことがある
島流しの日々については未だ多くを語ることを許されていない
しかしながら、当時のことについて正しく検証することは大変重要である
何故なら、筆者の人生に大きな影を落とし多大な影響のあった時代だからである
当時は未だインターネットの無い時代であり隔絶された離島ではメディアから逃れることは不可能だった
だから、メディアから入ってきたものが大きな影響力と猛威を振るった
しかも、中には価値観の面で基準になっていたものがあり、後に精神域介入によって法統相続妨害に利用されたことが解っている
今の実行委員会はアイドルは禁止になっているが80年代にはその規制が無かった
で、敵の都合によって適当に誘導された女がいたのだ
当時何かにつけて話題になったのだが、周囲の徒輩は一々その人の悪口を云っていたのだ
当時の島人でその話を知らないというのは筆者を知らないのと同じである
何かにつけて一々悪口を云っていたのはガスライティングに加担していたということであり、真に友達だった訳ではない
だから切られて当然なのである
あのT.Sでさえその人の悪口を言ったことは無かったことからもその様に云える
勿論現在ではアイドル禁止であり80年代と雖も例外では無いが、あの当時の情勢でのあの悪口はガスライティングになる
あの当時の情勢でアイドルの何たるか、本質を解れという方が無理だ
無論今であれば絶対引っ掛からないし偶像より現実にいる女を重んじるだろう
今の境地から見ればバンドだろうがアイドルだろうがアーティストぶっているのだろうが皆同じ穴の狢である
本当に価値があるのは一握りだということだ
島流し当時のガスライティングは某カルトではなく、例のブルジョア家の所業だろう
島の「ムラ社会」もまたそれを利することとなったのだ
ムラ社会は筆者の最も苦手とする閉鎖的コミュニティーである
当時の情勢から云っても2004年以後のそれとは関連性が無いだろう
何故か最初に入ってきたのは某ロックバンドであった
それは永きに亘って影響力を持ち筆者の人生に大きな影を落とし続けた
何故なら謗法の念慮が強烈なグループでありロック音楽だからである
他にもアイドルだの谷村某だの何だの入ってきたが、それらとは比較にならない影響力があったのだ
その事が問題となり2003年の筆者の日蓮正宗帰伏に伴って某ロックバンドは粛清となった
従って、現在では何の関係も無いということだけは解っていただきたい
実際、当時とは明らかに別人であり当時の面影はどこにも見出だせないだろう
2000年代に入ってから島人の姿を見ておらず、筆者を知っていた者でも筆者を見つけられないのも当然である
もし解ったとしても、あまりにかけ離れたその姿に愕然とするだけであろう
島流しの日々はイコール、ガスライティングとの戦いの日々であった
片方でガスライティング、他方ではメディア禍、しかも逃げ場は無いという地獄の日々だったのだ
その意味に於いて、当時の筆者の面影を追い求めることは何の意味も持たないのである
そもそも感覚を狂わされていたのだから、当時の姿は不本意でありそれは黒歴史である
SGの日々と同じである
SGの日々は島流しの日々以上に不本意な日々である
しかし、島流しの日々に於いて、何人かの人と引き離されたことだけは理解している
その意味に於いてT.Sのほうにしても何か不本意なものを抱えていたのかも知れない
もう会うことは無いだろうが、いい学校いい会社いい家というステレオタイプでは真の幸福は得られないし人生の根本の問題はそういうことでは解決出来ないのだということ、真の幸福は正法に帰伏し信心に励んでいくことによってのみ得られるのだということは知ってほしいのである
島流しの日々については今後折に触れて書くこととする

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計略

歴史編は少しお休みしてまた忘れてしまわないうちに書き留めておかねばならないことを先に綴る

筆者は洗脳とガスライティングの標的にされ今日も厳しい戦いが続く
何度も書いている通り、敵の要諦の一つに「法統相続をさせない」というものがある
最近の敵の攻撃内容から、何としても二輪にしがみつかせて車を買わせまいという計略が見え見えである
また、激しい刷り込みが続いており厳しい対峙が続いている

しかしながら、その様なやり方で一家の方針を変えられると思ったら大間違いである
そもそも門外漢らは信心のかけらも無い連中であり仏の前に敗れるのは必然である

敵は、筆者が派遣脱出を図った際にSGに誘導することを決定し実際に筆者はSGに誘導されている
だが、このことには先の「法統相続をさせない」という要諦に相反する危険があったはずである
この危険を敵が克服するために何をしたかを書いておこう

その危険とは、謀略団体幹部の意向に反して筆者が出会いを結実させることの「危険性」であった
法統相続=危険、というのは千ラシ裏の痴犬が「きけ~ん!!」と言い放ったのも同じ論理である
つまり、門外漢も痴犬も「法統相続=危険」という見解で一致していたことになる

敵の悪辣な計略というのは、仮に出会いがあっても筆者がそれを結実させることの無いように洗脳してしまうことにあったのだ
リクスーやアイドルを刷り込んだ最大の理由である
つまり、いくつかの出会いを潰したことに関しては、最初からその様なことを意図していたことなのである
その様なレールが、最初から敷かれていたことになる
韓流を刷り込んだのも同じ理由だ
いずれにしても、それら刷り込んだモノに現を抜かさせ、万一それを覆すような女が現れたときには全力でその縁を叩き潰すことを最初から考えていたのだ
何度も書いていることだが、「頭が弱い」はただの逃れ口上であり悪知恵が働くことを隠す為のごまかしである
自分でそんなことを言う奴にろくな奴はいないから頭に叩き込んでおく様に!

回顧録にも書いた「バイクは正法じゃない」にも、その様な計略とともに門外漢の悪辣なやり口が凝縮されているのだ
門外漢は、その我見を正当化するのに何かにつけては正法を持ち出し、正法を錦の御旗にするのが常套手段であった
奴は、正法を錦の御旗にすることで筆者に疑いを持たせないようにしていたのだ
例の「頭が弱い」も、同じく疑いを持たせないように重ねて謀った念慮だ
自動二輪と法統相続を潰す為の計略を正法の名の下にすり替えてごり押ししたというのが真相である

その姿には、ご本仏への供養と偽って巨額の財務を漁る某団体の姿にも通ずる重大なものがあるのだ
(この部分削除)

その門外漢集団であるが筆者がこれだけ綴っているにも拘らず今日までだんまりを決め込んでいる
また、石之坊においても石の湯事件はもとより一派の惹起した不祥事についてだんまりを決め込んでいる
だんまりを決め込んでいるのは、反論が不可能であることと、謝罪と賠償を逃れんとして決め込んでいるという極めて卑劣で悪辣なやり口だ
そんなものがいつまでも通用すると思ったら大間違いだから覚悟しておけ!

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42年4ヶ月18日

今日はある意味特別な日であった
実母が生きた年齢を厳密な意味で超えたものである
ちなみに、1946.4.3~1988.8.21で42年4ヶ月18日であった
それだけ実母が早死にだったということであるが一家での実母の評価は大変低いものである
何故ならあのブルジョア一家にそそのかされて島流しの道を選んでしまったからである
あれが無ければもっとまともな人生を送れただろうし島に渡る理由などどこにも無かったはずである
島に渡った時点で、進学の夢も断たれその後の不遇も決定づいてしまったものである
したがって、正求節も祝日級ではないし盂蘭盆会を以って命日の法要に代えているのである
他にも実母は大きな過ちを犯しているが、それについては未だ多くを語ることを許されていない
あの島流しは、実母の側にそれに応じる目的として筆者の交際関係を分断することがあったといわれている
部活動に対して非常に否定的であった理由もそのことにあったというのが専らの推定である
つまり、永代追放寸前ともいえるだけの罪状が実母にはあったのである
というより、実母でなければ間違いなく永代追放の罪状であろう
実際、頭破七分ともいえる死に方であったことがそれを物語っている
それに対して、失地回復に尽力し正法にも帰依した実父は病死ではあったがまさに成仏ともいえる最期であった
いずれにしても、島流しによって生じた人縁は全て悪縁であると看做すべきものであり、島流し以降の二十六年を我々は頑なに否定するべき者と思し召せ
進学は実母の死によって潰えたのではない、島流しにあった時点で潰えていたのである
実父は、あの島流しには一貫して反対であった
実父は非常にまっとうな感覚の持ち主であったのだ
一家では、島流しによって生じた縁はすべて悪縁であり否定するべきものという立場に一貫して立っている
そのような所の者は如何に美形であろうとも我々にとっては些かの価値も無い徒輩である
しかし、今までの一連の女どもがカス過ぎただけであって、それを物差しにしていると非常にうがった考え方になってしまうのである
筆者は、カスどもには些かの未練も無いのである
よって、たとえ道端でカスどもに会い見えようとも一瞥もする価値がない以上取り合うことは決して無いのである
島流しの日々は筆者にとっては何の価値も無いものであり、そこであったことは全て幻であると思し召せ
従って、そこでの筆者の言は一切の実体を伴わないただの方便であると思え

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雑感 2013.1.22

門外漢女と千ラシ裏の野干、そしてかの卑劣な連中―
これらに共通する卑劣なやり口がある
それは、人を踏みにじるようなことをしておきながら謝罪も償いもせず、そのことによって却って逆上させることでターゲットの注目を引き付けて離させないようにする、そしてターゲットの行動を狂わせてゆくという人に非ざる手口である
もう一つ共通するのは、ターゲットに「自分だけが…」と強烈に思い込ませるというやり方である
お前だけが間違っている。
お前だけが××である。
お前だけがおかしい。
そんなこと言うのはお前だけだ。
etc…
これらはターゲットの孤立化を狙ったものであり、明らかなガスライティングである
今から3年程前には解放聖戦というものがあった
正確に言えばその終結からまだ3年経っていないのであるが
敵対者らの影響で、今も失地回復に大きな遅れが出ているのである
その中の大きなものに、撮影機材の世代遅れというものがある
撮影機材が「最新」であったことはただの一度しかない
2008年に入れたEOS40Dである
しかし、その40Dも程なくしてSGでの謀略によって機材破壊工作があり失われてしまっている
しかも、システムの変更までさせられた訳である
その影響は現在まで尾を引いている
明らかな歴史上の汚点である
この汚点は、今後機材が最新型になったところで消えるものではない
2009年末、漸く撮影に復帰した時の機材は二世代前のEOS20Dである
結局、解放聖戦が終結してもそれを使い続けなければならなかった上2010年の大病で機材を喪失する事となっている
今日まで続く機材面の混乱の濫觴は2007年の機材売却強要事件にまでさかのぼる
あれは明らかな電磁波犯罪であり門外漢女の意向を援用し強く投影したものである
もっと言えば、デジタル一眼スキャンダルもその根源を為している
Kiss Digital導入時に、既に後継のKiss Digital Nが発表され翌月には発売される事となっていたのだ
しかし、門外漢女は「安ければいいんです」の巧言を以ってKiss DNの導入を妨げ、明らかな欠陥のあるKiss Dを強要したのであった
門外漢女が死んだという話はまだ聞いていない
しかし、あれだけの事をしてのうのうと生きながらえられるほど仏法は甘くない
この門外漢女もまた、謗法の罪障を懺悔していない徒輩である
懺悔していないことは、これまでに為してきた数々の事件、そして「私は浄い」発言からも明らかである
そのことは、根回しに奔走せるその姿、そして高圧的な行いの数々から明らかである

この記事は、宗教に洗脳されていた頃に書かれたものであり、現在の思想・見解・方針とは異なる内容が含まれています。

カテゴリー: バンドワゴン, 雑感 | 雑感 2013.1.22 はコメントを受け付けていません。
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